第14話 わたしにできること
今池駅は広く、平日の夕方以降は人の数もどんどん増えていき、帰宅を急ぐ人や飲み屋さんに向かう人たちなど、お仕事帰りの人たちでいっぱいになる。
わたしの使用している桜通線は、東山線よりもずっと下の部分に存在する。
地下鉄の中では比較的新しい路線だそうで、東山線ほど頻繁に電車が来るわけではないけど東山線と同じく名駅まで乗換なしに向かう電車ということでわたしは小さいときから家族と一緒に愛用してきた思い出の電車だった。
結局今日も自転車で通ってもいいかどうか聞きそこねてしまったけど、それどころではなかった。
嘘か本当かはわからないけど、あの真っ直ぐな由利さんの様子からして冗談を言ってからかっているようには思えない。
もしもそうだとしたらわたしは人間不信になってしまうんじゃないかしら。
だからこそ、今すぐにでもわたしにできることがしたかった。
だけど、今のわたしにできることなんて何もない。
『脅かして申し訳ないです』
『春咲さんは春咲さんのペースでできることをお願いします』
『大丈夫です。対応班の方はとても優秀なのです。春咲さんは最初のとおり、アルバイトに来ているという軽い気持ちで業務を助けてください』
あのあと、由利さんがらしくもなく一生懸命フォローをしてくれた。
言うべきではなかったと、何度も何度も謝りながら。
桜通線に向かう階段を下りながら、わたしがアルバイト先としてエレベーターを使用して向かっている先はもっともっと深い位置にあるのだろうなと改めて考え、ため息をつく。
考えれば考えるだけ、非現実的だったのだ。
ブルルッと右手に握ったスマホが震え、新しいメッセージの通知を知らせてくれる。
『うららちゃん、お疲れさま〜
もう出たかな?
気をつけて帰ってきてね!』
慣れた動作で開いたそこにはそんな英介からのメッセージが表示される。
「気をつけるのは、どっちよ……」
由利さんの言っていたことが本当なのかどうかわからない。
一刻も早く母に聞きたいことがあるのに、聞くこともできなそうで言葉通り途方に暮れる。
明日は研修最終日だ。
いえ、研修なんてしている暇があれば今すぐにでも自分にできることをしたいくらいだ。
だけど、基礎さえまともにできない人間がこれからどうにかできるほど人生が甘くないのも知っているし、いきなりチートな能力が目覚めるほどわたしは特別な人間ではない。
それがわかっているからこそ、悔しいけど一歩ずつ学んでいかないといけないと心に決めたのだ。
「待っててね! すぐに行くから!」
可愛いスタンプとともに文章を添付し、わたしはちょうどよくやってきた桜通線に乗り込んだった。
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