第13話 それは、守らねば行けない人
「あー……」
訴えるように声を上げたわたしに、由利さんが気まずそうに目を逸らせた。
「みちるさんは対応班のおひとりです。しばらく長期のお仕事に入られていて、それで……」
「それで、あんなわけもわからない変わり身の置物を置いてったっていうんですか?」
そうとわかれば不気味でしかない。
だっておうちに母そっくりな謎のアンドロイドのような人形がいるのだから。
「家庭のことはみちるさんに任せて、とのことでしたので……そんなことになっているとは知らず……」
すみません、と由利さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ちょっとまってください。どういうことなんですか? 長期のお仕事って……聞いていないし、一体なにを……」
わたしは何も聞いていないし、全然理解できていない。
アルバイトどころの話ではなくなってきている気がする。
「物語の一部が失われると、現実世界にも影響してくることがあります」
「現実世界にも?」
「この本です」
ぱっと由利さんが手を開くとぼわっと淡い光を出して一冊の本が現れる。
まるで手品のようなその光景に声を上げそうになるも、もう隠そうともしていない由利さんにそれどころではないことを悟り、ぐっと息を呑む。
「名古屋……お江戸……」
この本が、なんなのだろうか。
この本も表紙やタイトルが黒ずんでいて読むことができない。
「この本は名古屋が舞台になっている小説なんですけど、ところどころすでに物語が奪われかけていて、春咲さんのお宅は問題ないそうですが、近所の地域が危険ならば放ってはおけないと」
言っている意味はよくわからないけど、彼の手にもつ一冊に目を向けると、表紙のすぐ裏は古い地図が描かれていた。
「瑞穂区のどの、部分が危険なんですか?」
現実世界に影響するだなんてますます理解に苦しむけど(ドッキリじゃないわよね?)つい気になって聞いてしまう。
「瑞穂区ですと、だいたいこのあたりでしょうか」
彼がペラペラとめくって見せてくれたページを目にして、息を呑んだ。
「こ、この黒ずんでいるところが危険なんですか?」
「影響を受けやすい部分です」
「春咲さんのお宅は……」
「この隣です」
「えっ……それは……」
移動したんでしょうか?と由利さんは珍しく驚いた様子で眉を寄せる。
「どうすれば……」
でも、わたしの耳には届いていなかった。
「どうすれば、この黒ずみは消えるんですか? 母のように、対応に回ればなんとかなるんですか?」
「いえ、今すぐにどうこうなるわけではないのでそこまで心配する必要はないかと思いますが、狙われるなら真っ先にこのエリアのお宅が被害に合うであろうということですね」
「わたしは、どうすればいいですか?」
「え?」
「ここだけは、狙わせられない」
ここだけは、狙われてはいけないのだ。
「わたしも、わたしにできることがあるなら対応させてください!!」
奪われるわけにはいかないのだ。
お仕事の関係で海外に行ってしまった両親をひとりあの家で待つ人間がいるのだ。
どれだけ淋しくても顔に出すことはなく、うららちゃんと笑ってくれる、優しい人がいるのだ。
「ここには、守らないといけない人がいるんです!!」
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