第12話 物語の世界と現実世界
「も、物語から主人公が……逃げました……って……」
改めて声に出してもしっかり理解ができない。
「に、逃げることってどういう……」
「言葉のままです。中にはその物語の主人公になりたくてなったわけではない者もいます。やはり自分には向いていないと言って、物語の世界から抜け出してしまう者も少なくないのです」
「えっとぉ……」
(それではつまり……)
まるで物語の主人公に意思があって、自らの考えで動いているような……
「物語は生きています」
「えっ……」
わたしの様子を読み取ってか、立ち上がった由利さんの手にいつの間にか一冊の本が握られていた。
「ゆ、由利さん……」
しかしながら、その本の表紙はところどころ黒ずんでいて、とてもじゃないけど読めそうになかった。
「主人公を失った物語の成れの果てです」
「えっ……」
よくよく見ると正面に写っているはずのイラストの部分は特に真っ黒になっていた。
「主人公がいなくなってしまった物語は時期に存在意義を失います。それは書籍にとって『死』を意味します」
「そ、そんな……」
状況は全く理解に苦しむものの、言っている意味は理解できた。
『誰にも知られなくなったとき、本は死んでしまう』
できるだけ新しいものを購入しなさい、という父に対して、いつも母はそう言っていた。
母はいつも、古本屋さんで働くということを誇りに思っていた。
『この一冊は、うららにとってはもう不要な一冊かもしれないけど世界中のどこかにはこの一冊を探している人がいるかもしれない。捨てられてしまったらもう二度とその人の元ヘは届かないわ』
だから大切に読んで、読み終わって必要としなくなったら古本屋さんへ持ってきてね、と。
次に読みたいと思う人の元へ送ってやってほしいのだと。
一冊の書籍がなくなるというのは恐ろしいことだ。
古ければ古いほど、希少価値も高まる。
「春咲さんに対応してほしいのは、ファンタジーの世界から出されたヘルプをしっかり聞き取っていただきたいのです。問題をひとつでも多く解決するために」
「………」
大人の男性が本当にそんなことを言っているのだろうか?
由利さんの様子は決してわたしをからかうようなものではないけど、子どもじゃあるまいし、そんな話を本当に信じると思いますか?と思えるお話をわたしは今、真顔で語り続けられているのだ。
(だけど……)
だからこそ、確信が持てた。
「今の母が本当の母でないのも、このお仕事に関係していますか?」
バカげている。
きっとわたしの勘違いだ。
そう思っていたけど、この何でもありな展開ならそんなバカげた疑問さえ、そうなのかもしれないと思えてくる。
「うちの母は、昨日からあなたの話しかしていません」
それは、この人は人間そっくりに作られたアンドロイドだと言われても納得ができてしまうくらい完璧なものだった。
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