第10話 恋愛小説はノンフィクション
「古本屋さんのコールセンターか。この辺にあるなんて初めて聞いたよ。ずいぶん大手なんだね」
「……わたし、やっていけるか心配」
スマホを耳に、ぐっと乗り出した窓の先に同じく向こうの窓越しにもたれかかっているのであろう英介の後ろ姿が見える。
ひと通り話し終えたとき、ようやく彼が声を発した。
ちゃんと聞いていてくれたのだろうか。
「大丈夫だよ。うららちゃんなら」
それでも、英介の一言でホッとさせられるのが悔しい。
「コールセンターなんて、想像したこともないよ」
「なかなか高校生のバイトでコールセンターってのは珍しいとは思うね」
直接話したかったけど、夜は忙しいからと英介が家にあげてくれなくなってどれくらい経つだろう。
なにかある日はこうして窓越しに電話をかけることが日課となった。
「でも、不思議なところだね」
危なくはない?と英介。
他のスタッフと鉢合わせすることなく、今日はただただ『
わたしだって何がなんだかわからない。
宿題も山ほど出ると言われている優秀な進学校に通う英介の貴重な時間を邪魔してしまって申し訳ないと思う気持ちは山々である。
それでも母に言っても由利さんの話にしかならず、むしろおかしな点しか感じられなかった。不安でしかないこのもやもやした気持ちを誰かに聞いてほしかったのだ。
「危なくないならぼくは応援するよ」
窓の向こうで英介が立ち上がるのが見えた。
「疲れてるだろうのに遅くまで聞いちゃってごめんね」
(ああ……)
これは終焉の合図だ。
英介が英介の世界へ戻っていく。
どちらかといえば話し続けて英介を突き合わせたのはわたしなのだ。いつもより時間を取って聞いてくれただけ有り難いのに。
有り難いのに。
「うん。こっちこそ、聞いてくれてありがとね」
もう少し話したいと言えないのに勇気の出ない自分が嫌になる。
じゃあ、と言いかけて窓の向こうの先で英介がこちらに向かって手を上げたのが見える。
(ああ……)
「うららちゃん」
「うん」
(好きだな)
一生告げることはないであろう想いで胸がいっぱいになる。
大きくなるに連れて少しずつ距離がひらいていくわたしたちだけど、この気持ちだけは変わらない。
幼いときから英介が大好きなのだ。
声優になりたい。
英介が大好きゲームの中のキャラクターに声を当てたい。
ずっとそんな風に思っていたのだ。
だけど、英介の世界にわたしは不要だ。
現実世界は物語のようにはいかない。
「バイトの日は駅まで迎えに行くよ」
そう。
物語のようには……
「えっ?」
思わず乗り出して窓ガラスで頭をぶつけそうになった。
「えっ、い、今なんて……」
「だから、これからは駅まで迎えに行くって」
「えええええー!!!」
「少しは頑張れそう?」
「が、頑張れる!! 頑張れそう!」
「じゃあ、いつも終わったら連絡して」
(う、うそでしょ……)
まさかこんなことになるなんてと思わず頬はゆるゆるだひ、心なしかそわそわしてしまう。
英介がそんな風に言ってくれるなんて信じられない。
憂鬱だった世界が、少しずつ色づく予感がした。
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