第20話 緊急事態は突然に
「ほ、本当に同じ人物なんですか?」
「と、言いますと?」
「なんだかすべて、どの通話も別人と話しているような……」
あれから七回は受電練習を繰り返した。
そして、そんな中でも驚かされるのは由利さんのいう電話の向こうの指導員さんのことだ。
『彼』と由利さんは称したから男性なのだと思うけど、正直のところ男性なのか女性なのかもわからない。
何度も何度もまるで新規のお客様のごとく入電をしてきては同一人物とは思えない態度でたんたんと別の世界観を作ってわたしへ話しかけてくる。
口調、声色、年齢層だけでない、性別までも別の人間に思えるのだ。
「そうですね。変声期もなく他者になりきるのがその人間の特技なので」
なんだ、そんなことか。
由利さんの口調は慣れ親しんだ問いに対する当たり前の質問のように自然なもので、なにより心なしか呆れた声色も混じっているような気がしてならない。
「ほ、本当に男性なんですか?」
すごい。
それしか出てこない。
まるで千の仮面を持ってさまざまな役柄を演じる役者さんのようだ。
息遣いやテンポだけでもまるで別人のような話し方が叶うことはわかっているが、そんなに簡単なことではない。
わたしが目指している姿がそこにあった。
「そうですね」
珍しく由利さんが言葉に含みを持たせて、こちらに視線を向ける。
そんなとき、由利さんの時計が物凄い色合いに光った。
音はなく、ただただまばゆい光が七色に室内を染める。
「……またか」
その光を手の平で覆いながら、由利さんは肩をすくめる。
「由利……さん……?」
その様子はどちらかといえば落ち着いていて緊急事態なのかどうかは見る分にはわからない。
だけど、きっと緊急事態だったのだろう。
「春咲さん、五分ほどお時間をください」
彼はそう言って颯爽と部屋を出ていったからだ。
よかったらこれでも読んでいてください、などと言って、マニュアルを差し出して。
(一体これからどうなるんだろう……)
マニュアルを開く気になれず、ただただ机に突っ伏しため息をつく。
『ちょっと腰を痛めちゃったからしばらくお仕事はお休みするわ』
と言っていた母は今、我が家に自分そっくりなアンドロイドを残して対応班の一員として任務にあたっているらしい。
信じられないけど信じるしかない光景まで目の当たりにしてしまって、前に進むしかなさそうで、それならそれで全力で英介にふりかかるかもしれない難から彼を守らないといけない。
だけどわたしはここで、初歩の初歩どころか、それさえもまともに対応できない。
七回も練習してもらってもまだもごもごと言葉を選びながら自信なさげに声をマイクに乗せている。
(電話越しの指導員の方も呆れてるんだろうな)
「お電話、ありがとうございます。こちら、ファンタジートラブル受付課 春咲でございます」
ヘッドホンを装備して、自分だけに聞こえる声でお馴染みのセリフを述べてみると、さきほどまでのどもりが嘘のようにスムーズに言える。
対人になるとついつい意識してしまって肩肘張ってしまうのである。
「おで……」
プー……プー……
耳の奥で音がした。
どうやら練習が再開されたようだ。
休息中にせず、受信可の表示にしたままなのをすっかり忘れていた。
「お電話ありがとうございます。こちら、ファンタジートラブル受付課の春咲でございます」
由利さんはいないけど、少しでも数をこなしたいとわたしは『ツー』という音が4回目の音を出したか出していないうちに何度目かになる名乗りを口にして、由利さんが言っていたとおり、大きく、そして相手に聞こえないように深呼吸をして、相手が口を開くのを待った。
さぁ、次はどんなキャラクターになって出てくるのだろうか。
こちらファンタジートラブル受付課でございます 保桜さやか @bou-saya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。こちらファンタジートラブル受付課でございますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます