02

その屋敷は、民たちの住む家と同じく丸太で作られており、とても領主の住居とは思えないほど貧相なものだった。


確かに大きな庭があり、他の建物と比べれば大きいが、これがこの地域を治める者が住む家とは誰にも思えないほどだ。


そのあまりの不恰好さに、言葉を失うミミとは対照的に、ルシールのほうは満面の笑みを浮かべている。


おもむきがある素敵なお屋敷ですね」


「物は言いようだなぁ……。まあいいや、中へ入りましょう、ルシール様」


扉をコンコンと叩き、ミミが名乗りながら声をかけると、中から返事と共に女性が現れた。


それは、長いブラウンヘアーをおでこの生え際の真ん中から、正中線を通って襟足まで左右対称に分けている、とても目つきの悪いメイド服を着た女性だった。


目つき悪いメイドは、ルシールの姿を確認すると、慇懃いんぎんに頭を下げて挨拶をした。


「お初にお目にかかります。私はシィベリーランド家に仕えるメイド長ノエラです。以後お見知りおきを。ルシール·シルドニア様……いえ、今は当家シィベリーランドのルシール様とお呼びしたほうがよろしいですね」


「初めましてノエラさん。そんなに気を遣わないでください。これからお世話になりますので、こちらこそ至らないところがあればなんでも言ってください」


互いに挨拶を済ませた後、ルシールたちは屋敷の中へと案内された。


屋敷内は外観と同じく廊下も質素で、飾り気などまるでない。


さらには、どうしてだが屋敷内には数十匹のヒツジがウロウロしていて、そこら中からメェーメェーと鳴き声が聞こえてくる。


その光景を見たミミが顔を引きつらせていたが、ルシールは気にせずに、部屋に案内すると言ったノエラの後に続いた。


「こちらがルシール様たちの部屋になります」


「えッ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


部屋に通された途端に、ミミが声を荒げた。


そこには窓が一つ、ベットが二つ、使い込んでいそうな机一つしかなく、他に家具などない部屋だった。


ミミは、これが領主夫人の部屋かと、ノエラに冗談はやめてほしいと声をかける。


「私は至って真面目です。それともシルドニア家の方は、こんな狭い部屋で眠れないとでも?」


「そんなこと言いたいんじゃない! あたしは馬小屋でもなんでもいいけど! せめてルシール様には一人部屋を――ッ!」


喰ってかかるミミの前に、そっと手を出して止めたルシールは、ノエラに向かってニッコリと微笑む。


「すみません、ノエラさん。ミミは私のことを思っていっているだけなので、あまり悪く取らないでください。むしろ私としては、彼女と一緒に住めるお部屋を用意してくれてありがいたいです」


「そうですか。では、私は仕事があるので、夕食のご用意ができた頃にお声をかけます。それまでごゆるりと」


ノエラは会釈すると、部屋を出ていこうとした。


去ろうとするメイド長の背中に向かって、ミミは今にもみつかんばかりの目つきでにらみつけている。


そんな彼女をなだめるように手を押さえながら、ルシールはノエラに声をかける。


「あの、ノエラさん。一つお尋ねしたいことが」


「はい。なんでしょうか、ルシール様。私に答えられることでしたら、なんでもお答えしますよ」


ノエラが振り返ると、ルシールは少しうつむきながらほほを赤く染めていた。


「彼……リュックジールは今どちらに……?」


迎えに来るという話を断り、自力で夫のもとへとやってきたルシール。


無事に目的地へと到着したのはよかったが、肝心かんじんのリュクジールの姿を見ていない。


彼が忙しいことは王都で出会った頃から知っていたが、もし少しでも自分に時間をいてくれたら……。


いや、これから自分はリュックジールの嫁――シィベリーランド夫人になるのだ。


夫の家にやって来て、挨拶をしない妻がこの世界のどこにいるのかと、様々な理由を頭に浮かべながら、ルシールはリュックジールのことを訊ねたのだが――。


「リュックジール様は現在、仕事でお留守にしております」


「そ、そうですか……。彼の声を聞き……いえ、これからお世話になるので挨拶をしておきたかったのですが、留守ならば仕方がないですね……」


がっくりと肩を落としたルシールに気がついたミミは、彼女のことを心配そうに見つめると、再びノエラのほうを睨みつけていた。


その表情から、メイド長の素っ気ない態度に苛立っているのがわかる(初対面からそんな様子だったが)。


だが、ノエラはそんなミミの視線に気がついても気にすることなく、また軽く会釈して今度こそ部屋を出ていった。


「くぅぅぅ! なんなんですか、あのノエラとかいうメイド長は! ルシール様が訊いてるのにあんな冷たい言い方して!」


「まあまあ、ミミ。私は気にしてないですから。それに多分だけど、ノエラさんは普段から誰にでもああいう人なんだと思う」


「ルシール様は気にしなくとも、ルシール様につれない人間をあたしは許せません! あの目つきが悪いメイドめ! ワルメイドだ、あんなの!」


怒りが収まらないといった様子のミミ。


それでもルシールは、そこまで彼女のことを心配していなかった。


なぜならば、もしミミが本気で怒っていたとしたら、とっくに手を出しているからだ。


今のところ文句を言っているだけなので、苛立っているとしてもそこまでではない。


それがわかっているルシールはミミに声をかけ、持ってきた荷物を室内に出し、夕食の時間まで整理することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る