14

――次の日の朝。


集まった領民たちによって、シィベリーランド領の伝統的なお祭り――雪の殺到スノー·スタンピートの準備が行われた。


幸いなことに降り続いていた雪はやんでおり、気持ちの良い晴天が空には広がっている。


町にはいつもよりも子どもたちが多く、その中にはランゼたち魔族の子らもいて、皆でネコやイヌらと楽しそうに遊んでいる。


当然それは大人たちも同じで、誰もが笑顔で祭りの飾りつけをしていた。


数年前――魔王軍と戦っていた頃では考えられない光景が、ルシールの目に入ってくる。


互いに憎み合っていた人間と魔族が、この場所では手を取り合って一つのことに取り組んでいる。


まだランゼたち魔族から認められたわけではなかったが、ルシールは言葉にできない幸せな気持ちになっていた。


「ほらほらみんな! ヒツジたちだよ! モフモフのフワフワだよ!」


準備が始まってから姿を消していたミミが、突然、屋敷から姿を現し、ヒツジたちを町に放った。


おかげでそこら中がヒツジで埋め尽くされ、大人たちが戸惑う一方で、子どもたちは嬉しそうに抱きついている。


さらにはネコやイヌらもヒツジたちの上に乗り、まるで旅芸人の一座で芸をする動物のような珍妙ちんみょうな感じで、町中を徘徊はいかいし始めていた。


「ミミったら、どうしてあの子たちを町に出したんですか!? 今は祭りの準備中なんですよ!」


当然ノエラは、ミミのしでかしたことに激しく御冠おかんむり


彼女の首根っこを掴んで持ち上げ、ガミガミ小言を言い続けていた。


「えーだって、子どもたちがヒツジを見たいって言うんですもん」


「だったら屋敷に子どもたちを招待してあげればよかったでしょう!」


「それは気がつかなったなぁ。さすがはノエラさんです。いやいや、毎度頭が下がりますよぉ。では、あたしも遅れた分、祭りの準備を……」


「そんなこと言って仕事をサボるつもりですね。逃がしませんよ、今日という今日は」


「ひぃッ! ルシール様、助けてー!」


ノエラに引きずられていくミミを見ながら、ルシールは思う。


ミミはいつの間に子どもたちと仲良くなったのだろう。


相変わらず人と打ち解けるのが早いなと。


ルシールもずいぶんと町の住民たちとは親しくなったが、まだミミほどではなかった。


もちろんそれは、ミミがメイドでルシールが領主夫人という立場の違いもあるのだろうが、どうしても気後きおくれしてしまう。


「いや、あれはミミの持つ才能……。他の人が真似できるものじゃない……」


ルシールは、まるで自分に言い聞かせるように呟くと、祭りの準備に戻った。


ノエラから頼まれた飾り付けは、すでに領民たちがやってくれていたので、彼女は町の道や周辺の雪かきをすることにする。


明日にはもう、シィベリーランド領の伝統的な祭り――雪の殺到スノー·スタンピートだ。


人が道を歩きやすくしておけば、事故が起きる確率も減らせるはず。


なによりもルシールは、夫であるリュックジールが町に戻ってきたときに、少しでも気を遣わずに町に入ってもらいたいと考えていた。


王都では、雪を悪魔のように嫌悪する文化が一部残っている。


なぜならば、移動が難しくなるからだ。


氷が張るぐらいならば、別に寒さを堪えれば移動はできるが、雪が積もると物理的に移動が不可能になるため、自宅の食料の確保や交易が止まってしまうのだ。


しかしリュックジールは、そんな雪の中でも仕事を終え、屋敷へと戻らねばならない。


彼の負担を減らしてあげたい――。


ルシールは、慣れない雪をかき出す用のすきを使いながら、リュックジールの笑顔を思い出し、張り切って雪かきを続けた。


町はすでに飾り付けを終え、領民たちが前夜祭を始めている中、彼女が一人で黙々と仕事をしていたとき――。


「なんだ? 今なにか音がしたよな?」


「そうね。それと少し揺れた感じがしたけど」


どこからなのか、遠くのほうから何かが崩れるような音がし、地面が震えたように感じた。


一瞬のことだったので、領民たちは気にしていなさそうだったが、ルシールが何か嫌な予感を覚えていると、子どもたちの叫び声が聞こえてくる。


「大変だ! 魔獣が、魔獣が出たぞ!」


「ホントよ! ブリザード·ウルフがいっぱいなの!」


ブリザード·ウルフとは、その名から想像できるように、極寒の地に生息する魔獣だ。


見た目はオオカミと変わらないが、肉を切り裂き骨を砕く牙を持つ。


常に群れで行動しており、その群れのボスは巨大な姿をしていることが多い。


ルシールは魔王軍との戦争時に、ブリザード·ウルフとの戦闘経験はなかったが、他の多くの魔獣と戦ったことはある。


彼女は、ブリザード·ウルフがどんな魔獣なのか、どんな攻撃をしてくるのかは、以前にノエラから聞いていた。


一匹くらいなら問題はない。


ここにはシィベリーランド領の警備隊長のランゼたち魔族がいる。


それとルシール、ミミも戦え――勝手に思っていることだが、おそらくノエラも実戦経験がある(彼女の普段の身のこなしや隙のなさなどからの予想)。


「子どもたちの声は……あちらから聞こえた……」

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