13
外はすっかり陽が沈み、雪が降り始めていた。
その中を歩くランゼの背中に、ルシールは声をかける。
「ランゼさん! 待ってください!」
「よかったな、ノエラがあそこまで言ったんだ。きっと祭りには参加できるだろうよ。だが、俺はあんたを認めねぇ……。認めることはできねぇんだ……」
ルシールに呼び止められたランゼだったが、彼は足を止めることなく、夜の町に消えていった。
ランゼがそこまで自分を拒否する理由はなんなのか?
ルシールにはわからなかった。
先ほど彼が言っていた貴族令嬢たちがルシールと違うことは、ノエラの話からわかるはずだ。
しかし、ランゼはルシールたちを認めない。
その理由は、先ほどの話以外にも何か大事なわけがあるのではないか?
ルシールは去っていくランゼの背中を見つめながら、そう思うしかなかった。
「ルシール様!」
ランゼの姿が見えなくなっても、ルシールがその場にいると、そこへミミとノエラが現れた。
二人はルシールに近寄ると、ミミが彼女の手を引き、ノエラのほうは持ってきていたマントを彼女に羽織らせた。
「こんな日に薄着で外にいたら風邪を引いてしまいますよ。さあ、早く屋敷の中へ入ってください」
「ノエラさん……。彼は、ランゼさんはどうしてあそこまで……」
「とりあえず今は中へ。お体に
その後、祭りの打ち合わせは終了し、村長や顔役たちは屋敷を出て、町にある宿へと帰っていった。
彼ら彼女らの中には、ルシールとミミの祭りへの参加を嫌がる者はおらず、二人はシィベリーランド領の人間として認められたのだが。
やはりルシールは、打ち合わせ中にもずっと、ランゼのことが気にかかってしまっていた。
彼がそこまで余所者を拒否する理由はなんなのだろう?
もしかして、自分がかつて魔王軍と戦っていたことと関係があるのだろうか?
それならば
「まだ起きてらっしゃったんですね」
夜も
ノエラの手には赤ワインの瓶が持たれており、大広間にあった空のグラスを、そっとルシールの前に置いて注いだ。
「よかったら付き合ってください。一人で飲むのも味気ないので」
彼女がこうやって
いや、むしろ初めて見る。
ルシールがそう思っていると、ノエラは「失礼します」と言いながら、隣の椅子に腰をかけた。
そして、もう一つの空のグラスに
「彼……ランゼのことを悪く思わないでくださいね」
「悪く思うなんてそんな……。ただ理由が知りたいです……。どうしてあそこまで私のことを嫌うのか……」
俯くルシールを一目見たノエラは、グラスに入ったワインをグイッと飲み干すと、ある話を始めた。
それはランゼたち魔族が、このシィベリーランド領に住むことになった話だった。
ランゼたちは、国と魔王軍との戦いの後、住んでいた地域を追われて
すでに自分たちを守ってくれる軍もなく、敗戦後の民がどうなったかは想像に難しくはないだろう。
降伏したとはいえ、敵だった魔族を受け入れてくれる場所など、この国のどこにもなかった。
「ですが、行き場のなかった彼らを、リュックジール様は受け入れました。王にお
初めこそランゼは警戒していた。
甘い言葉で領内に入れ、奴隷のように使われるのではないかと。
しかし、リュックジールは魔族たちのために新しい村を作り、そこに彼らを住まわせた。
さらにはランゼのことをシィベリーランド領の警備隊長に任命し、領内で居心地が悪くならないようにと、魔族たちに仕事と役割を与えた。
「そんなことがあったんですね」
「最初、私は猛反対しました。魔族を領内に住ませるなど、きっと問題が起きるに決まっていると」
「そう言ったノエラさんに、リュックジールはなんと?」
ルシールが訊ねると、ノエラは笑みを浮かべて再びワインをグラスに注ぐ。
「ありがとう、と言われました。君がいてくれるから僕は無茶なことができると……。人が良いというかなんというか、亡くなったご両親にそっくりですよ、あのお方は」
呆れた様子で言うノエラを見て、ルシールはつい笑ってしまった。
自分のよく知るリュックジールらしいと、つがれたお酒もすすんでしまう。
ルシールは思う。
そんな彼だからこそ、ノエラは慕っているのだと。
そして、ランゼもまたそんなリュックジールに恩義を感じ、疑わしい余所者を受け入れないのだと。
「ですがランゼたちが来たことで、この地域に出る魔獣の被害は減りました。リュックジール様はそのことを考えて受け入れたわけではないですが、結果として領民たちも魔族を受け入れました。今では全員が、まるで血を分けた家族のように付き合っています」
「それを狙っていないのが、彼らしいですね」
「全くですよ、本当に」
ノエラの話を聞いているうちに、ルシールは胸の痛みが消えていた。
ワインの効果もあってか、なんだか温かくなっているようにも感じる。
そして、改めてルシールは思う。
時間はかかるかもしれないが、自分もランゼに認めてもらえるように頑張ろうと。
「ノエラさん。話してくれてありがとうございます。なんだかスッキリしました」
「それはよかったです。では、明日は祭りの準備もありますので、そろそろお休みしてはいかがですか」
ルシールは、ノエラにそう言われると、コクッと頷きながら笑顔を返した。
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