12

ランゼはまず、これまでリュックジールの妻になろうとシィベリーランド領へ強引にきた貴族令嬢たちの話を始めた。


なんでもその話によると――。


領主夫人になろうとやってきた多くの令嬢が、最終的に領の風土や文化に馴染めずに、文句を言って去っていったようだった。


「どうせあんたもそいつらと同じだろ? 人の良いリュックジールを騙して、奴の財産を手に入れようとしてるんだ」


「ぷはッ! ちょっと聞き捨てならないですよ今の言葉ッ! すぐに取り消してください!」


ミミがノエラに塞がれた口を強引に解き、喰ってかからん勢いで怒鳴り出す。


「大体ルシール様は今あなたが言った人たちとは違ってリュックジール様本人が正式に妻に迎えた人なんですよ! それをなんですか! 金目当てだなんて! 侮辱ぶじょくするにもほどがあります!」


「王都の貴族連中は皆そう言うんだ。金目当てなんかじゃないとか、侮辱したなとかな。だが事実これまでの貴族の女はすべて、一年も持たずに財産目当てだったと吐き捨てて逃げてったよ。そこの赤毛の令嬢さんも、今は我慢しているだけで、きっとそのうちに化けの皮ががれる」


ランゼはミミとは対照的に、声を張り上げることなく、ずっと落ち着いた様子で言い返していた。


いや、それは落ち着いた様子というよりは、ミミを相手にしていないといった感じだ。


ランゼはそういうシィベリーランド家の財産を狙う貴族令嬢にうんざりしているのだろう。


どうせすぐに去ってしまう人間を、この土地の伝統行事に参加させたくないという気持ちは、客観的に見ればわからなくもない。


「ここにいる村長らも本音ではそう思ってんだよ。ただ身分の高い貴族女が癇癪かんしゃくを起こさないように、かなり気を遣ってるから言わないだけだ」


ランゼは、次第に他の者たちも巻き込み始めた。


シィベリーランド領に住んでいる者なら、全員、自分と同じことを考えていると。


王都に住む貴族がこんな極寒の辺境へ来る理由なんて、財産目当て以外にないのだと。


リュックジールをどうそそのかしたのかはわからないが、少なくともこの地でそう考えない者はいないと。


いくら健気に領主夫人の仕事を続けても、ルシールはそういう目で見られている――。


ランゼは、今の話が理解できたのなら、祭りの参加を諦めて王都へ帰れと言葉を続けた。


「本当に、皆さんもこの人と同じことを思ってるんですか?」


先ほど村長や顔役たちは、ルシールたちのことを歓迎しているようだった。


だがミミが訊ねても、ランゼが暴言にも取れる言葉を口にしたことに――誰も彼の言葉を否定はしようとはしない。


そんな彼ら彼女らの態度に、ミミは激しく身を震わせ、身を乗り出した。


だが、ノエラがさらに強い力で、彼女の体を押さえつける。


「くッ!? 離してくださいノエラさん!」


「ダメです。あなたが入るとややこしくなる……というか、もうなってしまってます。少しのあいだでいいから、大人しくしていなさい」


「……ノエラさんもですか? ノエラさんもルシール様のことを……財産目当ての女だと思ってるんですか!?」


押さえつけられたミミが叫ぶと、大広間がこれまで以上に静まり返った。


まるで時間が止まってしまったかのように、誰も何も言わず動かなかったが、ノエラはどうしてだがミミから手を離す。


「私も……今ランゼが言ったことと同じことを思っていました」


解放されたミミは、話し始めたノエラから目を離せずにいた。


それはルシールも同じで、彼女はノエラもまたランゼと同じように考えていたのかと、胸を痛めていたからだった。


「先ほどのランゼの話のとおり、これまで多くの貴族令嬢が屋敷に押しかけてきました。そんな状況で、ある日にルシール様がうちへ現れたとき、正直に言うとまたか、と思いました」


ノエラの言葉に、ランゼは満足そうに笑みを浮かべ、コクコクとうなづいていた。


一方でミミは歯を食いしばり、目に涙をためてノエラのほうを見つめている。


ルシールのほうはというと、ただ両目をつぶって話に耳をかたむけているだけだった。


「長く綺麗に整った髪に、豪華なドレス姿……。それに従者を連れて現れたルシール様を見た私は、ああ、この人もすぐに耐えきれずに帰るのだろうな思っていました。ですが、ルシール様は――」


ノエラはルシールとミミが、屋敷に現れてからのことを話し始めた。


最初こそ、これまで押しかけてきた貴族令嬢たちと同じだと思っていたが、ルシールは領主夫人の仕事にを上げることもなく、むしろ身分の高い人間がけしてやらない仕事も楽しんでやっているように見えた。


家事に掃除、ヒツジたちの世話に、ときには住民たちとの交流や町のネコやイヌ、幼い子どもたちの世話も、嫌な顔をせずにやっていた。


「これまでのことがあって、王都からきた貴族を信用できない気持ちもわかります。ですが、ルシール様と彼女の従者であるミミは、今やこのシィベリーランド領の人間です。私の命を懸けて誓います。しかしまあ、ご覧のとおり、今でもここにいるメイドには困らされていますけどね」


村長や顔役らの表情が緩んでいく。


シィベリーランド家のメイド長がここまで言うのなら、ルシールたちはこれまできた貴族令嬢たちとは違うのだと思わせたのだ。


それに、彼ら彼女らが元々そこまでルシールたちに嫌悪感を持っていなさそうだったのもあり、ランゼの話の後でも、シィベリーランド領の伝統的なお祭り――雪の殺到スノー·スタンピートへの参加を認めてくれそうだった。


「ノエラ、お前まで懐柔かいじゅうされたのか。お人好しのリュックジールとシィベリーランド家を守るのが、お前とアルマンの仕事だろう? それを忘れやがって……」


ランゼは、ルシールたちを擁護ようごしたノエラをにらみつけると、乱暴に席から立ち上がり、大広間を出て行ってしまった。


その場にいる全員がランゼを止められなかったが、ルシールだけは彼のことを追いかけ、屋敷の外まで追っていった。

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