11

ルシールが大広間に入ると、すでに客たちが席に着いていた。


皆、出された料理に手をつけながら、リラックスした様子でハチミツ酒を楽しんでいる。


その中でルシールが空いている席を探していると、ノエラは領主リュックジールが座るはずの場所に彼女を座らせた。


もちろんミミはその席の側に立ち、ノエラも彼女に並ぶ。


「では、皆さん。先に楽しんでもらっているようですが、ここで新しくこの土地に来た方をご紹介させていただきます。こちらシルドニア家の令嬢で、シィベリーランド家の領主夫人となられたルシール様です」


ノエラが騒がしかった大広間内へ声を発し、皆が一瞬で黙った。


それまでルシールのことなど気にも留めなかった客たちが、一斉に彼女のほうへ視線を向ける。


皆の視線を浴びながら、ルシールは席から立ち上がり、声を震わせながらもノエラに続く。


「初めまして皆様。私が領主リュックジールの妻ルシール·シィベリーランドです。今夜はわざわざ遠いところからお越しいただき、誠に感謝しております」


ルシールが挨拶を終えると、客の数人からから声が上がる。


「おお、あんたが噂の領主夫人さんかい。こりゃまたリュー坊の奴もずいぶんとべっぴんさんを嫁にしたもんだな」


「ああ、赤毛のべっぴんさんなんて、なんともめでたいな」


村長ら老人たちは、とても領主夫人を相手にするような言葉遣いではなかったが、これがこの地域でのやり取りなのだろう。


リュックジールがリュー坊と呼ばれていることについ笑ってしまいながら、どうやら自分が歓迎されていると思って、ルシールは安心していた。


これには普段あっけらかんとしているミミもホッと胸を撫で下ろし、どうしてだか、廊下に集まっていたヒツジたちまで、息を吐くように「メェー」と鳴き出していた。


それからシィベリーランド領の伝統的なお祭り――雪の殺到スノー·スタンピートについての話が始まった。


普通ならば領主不在のため、夫人であるルシールが取り仕切るところだが、彼女が初めての参加ということもあって、ノエラが進行役をすることに。


「リュックジール様も当日は戻ってこられるので、去年と同じ段取りで進めていきたいと思っておりますが、何かあればご意見があればお願いします」


少しの説明の後――。


さすがは長年シィベリーランド家のメイド長をしているだけあって、ノエラは見事に話をまとめていた。


村長らの質問にも的確に答え、誰もがうなづいている。


ノエラが皆と顔見知りというのもあったのだろう。


村長や顔役たちも彼女の提案を受け入れ、このまま集まりは食事会へと移行すると思われたが――。


「一つ、言わせてくれよ」


大広間の隅から男の声が聞こえた。


声を出した男はテーブルの側まで近づいて来る。


「では、ランゼ。あなたのご意見をお聞かせください」


ランゼと呼ばれた男は、尖った耳に頭から二本の角を生やし、古傷だらけの顔をした精悍せいかんな顔立ちの男だった。


ルシールは、その容姿を見てすぐに気がついた。


彼が魔族だということを。


「俺は余所よそもんが雪の殺到スノー·スタンピートに参加するのには反対だ」


「それってあたしたちのことですか!?」


ミミが声を荒げて会話に入ってくる。


理由も言わずにいきなり否定的なことを言ったランゼに、彼女は反感を持ったのだ。


それに、他の村長や顔役が受け入れている中での発言というのも、ミミが気に入らない要因だった。


これは不味いと思ったノエラは、すぐに彼女の背後に回って、その口を手で塞いで黙らせる。


「あなたが入ると話がややっこしくなるでしょう」


「フゴー! フゴフゴッ!」


ミミは口を塞がれても声を出そうとしたが、ルシールがそっと手を彼女の前に出すと、スッと大人しくなった。


それを確認したルシールは、ミミに微笑むと、魔族の男――ランゼのほうを向く。


「ランゼさん、と呼ばれていましたね。あなたが反対する理由は、私たちがこの土地の者ではないからですか? できればもっと詳しい理由をお聞きしたいのですが」


「フン。リュックジールの妻であるあんたの立場はわかるが、この土地へ来てまだ日が浅いだろ。それが理由だ」


「日が浅いと、何か問題があるのでしょうか?」


「それぐらいもわからないのかよ」


へりくだった態度で接するルシールに、ランゼは辛辣しんらつな言葉を返した。


そのせいなのか、廊下にいたヒツジたちが大広間に入ってきて鳴き始め、当然ミミもランゼに飛びかかろうとしていたが、彼女はノエラによって押さえ込まれた。


「申し訳ありません。ランゼさんの言葉の意味を察せられない私に、どうかご教授ごきょうじゅください」


「じゃあ、話してやるよ」


さらに丁寧に頭を下げたルシールに、ランゼは、まるで地をうような低い声で説明し出した。

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