10
――ルシールとミミは、シィベリーランド領の中心町の側にある温泉に、ヒツジたちを洗うためにやって来ていた。
ミミは慣れた様子でヒツジたちを次々と湯へと投げ、自身も飛び込んでバシャバシャとはしゃいでいる。
これもここでの仕事の一つだが、彼女はとても楽しんでいた。
ルシールはそんなミミを横目に見ながら、やれやれとため息をついて笑うが、どこかやり切れない表情をしていた。
その理由は、幼なじみのシャルリーヌら貴族を追い返してから数ヶ月が経ち、ルシールはあのとき自分がしたことは正しかったのかと、ふと自問自答してしまうことが増えていたからだ。
今のところ追い払った貴族から何かされたわけではないが、もしリュックジールの仕事に支障が出るようなことがあればと、ルシールは物事を悪いほうに考えてしまっていた。
「どうしたんですか、ルシール様? 早くしないと夕食の時間に遅れちゃいますよ」
彼女の手が止まっていたことに気がついたミミが声をかけると、ルシールは返事をしてすぐに仕事を終わらせた。
それからヒツジたちを連れて屋敷に戻ると、大広間でノエラが料理をテーブルに並べていた。
いつもならば一緒にやるはずの仕事を、先にやっていたことに違和感を覚えたルシールは、彼女に訊ねる。
「どうしたんですか、ノエラさん? 夕食の時間にはまだ早いですけど?」
料理を並べながらノエラは答えた。
これからシィベリーランド領の各地にある村長らや顔役が一堂に集まるため、そのためにいつもよりも早めに食事を用意していたのだと。
なぜ村長たちが集まるのか?
ルシールが訊ねる前に今度はミミが訊くと、ノエラは言葉を続ける。
「もうすぐお祭りですからね。そのために今夜ここで打ち合わせをするんですよ」
「えッ、お祭りですか!? やった!」
ミミはお祭りと聞いただけで、内容もわからずに嬉しそうにしていた。
近くにいたヒツジを捕まえて、無理やり立たせてダンスを始めている。
一方でルシールは、急にそんな話になったことに驚き、詳しいことを教えてほしいと声をかけた。
ノエラは手を止め、ルシールのほうへ体を向けて説明する。
「シィベリーランド領で毎年
「はぁ、伝統的なお祭りですか。それで領内の村長さんたちが集まるわけですね」
「はい。この土地に住む精霊に祈りを捧げる毎年恒例の祝典で、名を
説明を聞いたルシールは、ハッとしてあることに気がつく。
領主が焼き菓子を出すのなら、もしかして――。
ルシールが何を考えているのかがわかったノエラは、微笑みながら言う。
「もちろんリュックジール様もお戻りになります。今夜の集まりには来れないと思いますが、当日には必ず」
「そ、そうですか……。リュックジールもその日には……」
手を胸に当て、
その顔は満面の笑みを浮かべており、ノエラとミミがそんな彼女を見て、二人も一緒になって微笑んでいた。
王都からシィベリーランド家に嫁入りして、もうどのくらいの月日が経っただろう。
最初こそギクシャクしていたが、ノエラと民たちも優しく、ヒツジやネコもイヌも可愛く、十代から戦場に出ていたルシールにとって、この屋敷での生活は楽しかった。
家事や掃除、放牧や毛刈り、町に住むすべてとの触れ合いは、彼女の人生の中でも、もっとも人として実りがあるものだった。
しかし、ここでの暮らしを楽しんでいたとはいえ、寂しくなかったといえば嘘になる。
そう――。
この領地へと自分を導いてくれたリュックジールが、ずっといなかったから。
「やっと……彼に会える……。ノエラさん。屋敷に来る人たちに、領主夫人として恥ずかしくないようにしたいのですが、私はどう振舞えばよいのでしょうか?」
「訊ねられたことに嘘偽りなく答えてもらえば、あとは普段通りのルシール様で大丈夫ですよ」
「本当にそれで大丈夫でしょうか……? 私はまだこちらの風習や文化を完全に理解しているわけではないので、何か失礼があったら……」
急にソワソワと落ち着きをなくしたルシール。
その場で右往左往し始め、彼女の周りにいたヒツジたちが、そんなルシールの態度を見て不思議そうに小首を
「大丈夫ですよ、ルシール様。何か問題が起きたってあたしがなんとかしますから」
「ミミが言うと不安が増してしますね」
「あーちょっとノエラさん。それってどういう意味ですか?」
「ミミがこの屋敷の問題児ということです」
「酷い! 酷いですよ、ノエラさん! あたしはいつだって全力なのにぃッ!」
ノエラとミミのやり取りを見て、つい笑ってしまったルシールは、少し落ち着いたようだった。
シィベリーランド領の伝統的なお祭り――
「各村の方々がご到着なさいました。ルシール様も大広間へ入ってください」
そして、用意を終えて数十分後――。
祭りの打ち合わせが始まる。
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