09

ミミは不満を口にした貴族たちに詰め寄ると、歯をむき出しにしてにらみつける。


そのときの彼女は、まるで腹を空かせた肉食動物かのような形相で、貴族たちが怯えて動けなくなるほどだった。


しかし、いくら腕っぷしに自信があろうと、ここでミミが貴族たちに手を出せば、彼女はおろかあるじであるルシールにまで罰せられることになる。


ミミはメイドという立場からわかるが、当然その身分は高くはない。


それは、代々優秀な騎士の輩出はいしゅつしてきたシルドニア家の従者だといっても、国の決まりで平民が貴族に手を出すことは罪とされている。


そのことを思い出したのか。


怯えていた貴族の男が、ミミに向って震えながらも笑ってみせた。


自分のしていることがわかっているのか?


気に入らないなら手を出せばいい。


しかし、そのときは貴様の主人も罰を受けることになると。


ここでまともな人間ならば、腰が引けて貴族たちに謝罪するだろう。


感情的になってしまい、申し訳ありませんでした。


どうか自分だけに罰をお与えください――と、地面にひざをついてこうべれ、主に害が及ばないようにするだろう。


だが、ミミは違った。


彼女はさらに脅してきた貴族にさらに近づくと、その肉食獣のような形相で口を開く。


「それがどうしたってんだよ! あたしはシルドニア家ルシール様の専属メイドで、今はこのシィベリーランド領でこの地に住む人たちと暮らしているんだ! ここをバカにするということは、ルシール様をバカにしたことに同じで、先に喧嘩けんかを売ってきたのはそっちじゃないか!」


「な、なんなんだこのメイドは……? まるで話が通じん。おい、お前たち、今すぐこの頭のおかしいメイドを取り押さえろ!」


貴族の護衛についていた兵たちが、一斉に動き出す。


腰に帯びていた剣を抜き、ミミを囲んでその刃を突きつけた。


しかし、ミミは全く動じることなく、力強い言葉を発する。


「あなたたちが着ている服や眠るときや寒いときに羽織る毛布は、ここに住む人たちが作っているんだ! それだけじゃない! 美味しい食べ物や飲み物だって、全部この国に住む民のみんながいるから口にできるんだよ! それに敬意を払わずに、ただ身分が高いだけで偉そうにするなんて、あんたたちは本当に貴族なの!?」


これ以上は不味いことになる。


そう思ったノエラは、なんとかこの場を収めようと飛び出そうとしたが、ルシールが彼女を止め、自分が前へと出ていった。


剣を向けられているミミの盾になるように立ち、ルシールは貴族たちに向って口を開く。


「今すぐここから出てってください」


「な、なにを言い出すんだ、ルシール嬢……? 私たちは別にあなたをどうこうしようとしていたわけでは――」


「先ほど、うちのメイドが口にしたことは、すべて私も同じ気持ちです。さあ、一刻も早くシィベリーランド領から出てってもらえないでしょうか」


ノエラを含め、住民たちはさらに言葉を失った。


てっきり謝罪の言葉を口にするかと思えば、なんとルシールは、ミミの言ったことが自分の気持ちだと言ったのだ。


彼女は、この地を侮辱ぶじょくした貴族たちと同じ王都の身分の高い者なのに――。


どうして自分が不利になるようなことを、わざわざ口に出したのだと、その場にいた誰もが凄まじい混乱におちいっていた。


それは貴族側も同じだった。


彼ら彼女らもまた、ルシールの態度に言葉を失い、護衛の兵たちも動けずにいる。


そして、ルシールが明らかな嫌悪感をあらわにしたことで、これまで静観を決め込んでいたシャルリーヌは慌てて間に入る。


「ちょっとルシール!? 今のは少し言い過ぎでは――ッ!?」


「ごめんなさい、シャルリーヌ。私はこのシィベリーランド領を、そこに住む人たちや文化をバカにする人は、誰であろうと許せないんです。わかったら、あなたも出ていってください」


「ル、ルシール!? なにもみんなバカにしたわけでは――」


「しつこいですよ、シャルリーヌ。いいから早くこの人たちを連れて出ていって!」


ルシールが声を張り上げると、剣を突きつけていた護衛らに向かって、ネコやイヌ、ヒツジたちが吠え始めた。


ニャーニャー、ワンワン、メェーメェーと、「そうだ! さっさと出ていけ!」とでも言いたそうに鳴き続けている。


それを見た民たちも動物たちに負けじと、護衛、貴族らに声を上げ始めた。


身分の違いはあれど、シィベリーランド領に住む貴族や騎士は、平民や動物と共に生きて暮らしている。


それに文句があるのならすぐにこの地域から立ち去れと、町中の老若男女の誰もが叫び始め、かなりの大事おおごとになってしまう。


そんな状況でルシールに近づこうとしていたシャルリーヌだったが、町に住むすべての人間、動物から大声を出されては堪らず、護衛と友人らを連れてその場から去っていく。


これではまるで暴動だと、去っていく貴族たちを見て歓声を上げている住民、動物らを見たノエラは、頭を抱えるしかなかった。


領主、老執事が不在の間を任されている立場で、このような事態になってしまうとは――とても心中、穏やかではいられない。


「こんなこと……あり得ないはずなのですが……。でも、それをやってしまうのが、この人たち……」


ボソボソと呟きながら、今回のことで大変な事件が起こるかもしれないと思いながらも、それでもノエラはなんだか笑ってしまっていた。

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