08

幼なじみの一行が到着したことを聞いたルシールは、対応をノエラやミミに任せてヒツジたちの毛刈りを続けた。


毛刈りは、ヒツジたちにとって健康診断の意味もある。


普段はよくわからない体の状態を調べる大事な機会ということもあって、たとえ来客があろうとも適当にはできないのだ。


さらに腹部が圧迫されて暴れる原因となるため、毛刈り当日にエサは与えないというのもあり、毛刈り後はあらかじめ用意していた牧草ぼくそうを食べさせてやらなければいけない。


これは、毛を刈られて寒さで震えている状態で空腹だと、ヒツジたちに過剰なストレスを与えてしまうからだ。


これらすべてを終えた頃、ルシールはようやく貴族一行の前に顔を出すことができた。


「久しぶりシャルリーヌ! 元気でしたか!」


ルシールは作業していた格好――シャツとズボンに防寒具であるマントを羽織った姿で、町でもてなしを受けていた幼なじみシャルリーヌたちの前に現れた。


彼女の服に毛や汚れがついているせいか、声をかけられたシャルリーヌ以外の貴族たちは、ムッと苦い顔をしている。


服装もそうだが、ルシールの服についた獣臭さが気になったのだろうが、この町では当たり前のことだ。


王都の歓待かんたいと比べるものではない。


「ルシールこそ元気そうでなによりよ」


「遅れてしまってごめんなさい。ちょっと手が離せなかったの。今日は泊っていくのでしょう? 部屋を用意したから後で――」


「ああ、それなんだけど、ルシール。実はシィベリーランド領の外の街で宿を取っているのよ。用意してもらって悪いけど、それは次の機会にさせてもらうわ」


シャルリーヌは、豪華なドレスに毛皮のマントを羽織り、金色の巻き髪をしたいかにも貴族の令嬢といった容姿、格好で、彼女の友人の男女も皆、同じような派手な服装や髪型をしている。


どうやらルシールが来る前は、ノエラとミミがそんな彼女たちをもてなそうと、町中で羊肉の料理や温かいハチミツ酒を出していたようだ。


そんな貴族一行に気がついた民たちも、我先にとシャルリーヌたちをもてなそうと、各自で家庭料理を持ち寄っていた。


しまいには、町に住んでいる多くのネコやイヌまで集まってきて、まるでお祭りかというほどの規模になっている。


これは是非あの子たちも呼ぼうと、ノエラが屋敷にいるヒツジたちまで連れてき始めた。


動物と民、領主夫人にメイド、そして貴族とその従者が交じった――なにかとんでもない絵面のパーティーだ。


「それにしても、想像以上に凄いところに住んでいたのね、ルシール」


「いいところでしょう。人はみんな優しいし、空気も食べ物や水も美味しくて、寒いところに目をつぶれば楽園みたいな場所よ、ここは」


王都を出てから久しぶりというのもあって、ルシールはシャルリーヌとの会話を楽しんでいた。


それからは、このシィベリーランド領の素晴らしさや、そこに住む領民、主人であるリュックジールやノエラ、ヒツジ、ネコ、イヌなどの人柄や可愛さなどを伝えた。


シャルリーヌがそんな楽しそうに話をするルシールにうなづいていると、そこへ貴族たちも参加してくる。


「ねえ、ルシール嬢。今日はあなたのご主人、リュックジール様はいらっしゃらないの?」


「なんといっても国一番の大富豪で最高の魔法使いと名高いリュックジール殿どのだ。今後のことも考えて親交を深めておきたいんだがね」


貴族の男女は、この地域の領主であり、さらには高名なリュックジールと挨拶をしたかったようだった。


だが、リュックジールは仕事で領内を出ており、彼ら彼女らの希望を叶えることはできない。


ルシールは事情を説明し、主人には自分から伝えておくと(親交を深めたいという話を)、貴族たちに返事をする。


その返事が貴族らの気にさわったのか。


彼ら彼女らはフンッと鼻を鳴らし、あからさまに不機嫌そうになった。


なんとかシャルリーヌがとりなそうとしたが、そんな彼女の顔など立てずに、貴族たちは次々に不満を漏らし始める。


「王都からわざわざ客が来るというのに、領主は屋敷に戻ろうともしないのか」


「大体このもてなしはなんなの? 見栄えの悪い料理にお酒。それに貴族の歓待に、平民たちや畜生ちくしょうまで呼ぶなんて。王都では考えられないわ」


「辺境のかなり田舎町だとは聞いていたが、これではリュックジール·シィベリーランド殿が大富豪というにも、所詮しょせんうわさでしかないな」


「それよりも町全体が獣臭さくて食欲なんかわかないわよ。よくこんなところで寝て起きて、食事なんてできるもんだわね」


貴族たちの言葉は、このパーティーを台無しにしてやろうという悪意よりは、これが彼ら彼女らの本音だと言えた。


確かにこの歓待は、王都で行われるような、豪華で煌びやかなものではないかもしれない。


しかしノエラはこの日のために、普段はもしものために取っておいてある羊肉を蔵から出し、贅沢とは無縁の民たちまでも彼ら彼女らを喜ばそうとしている料理を持ち寄っているのに、この態度はあんまりだった。


だとしても、ノエラも平民たちも身分の差から、そんな貴族たちには何も言えない。


誰もが「そんな言い方はないだろう!」と一言いってやりたいだろうが、下手に王都の貴族と揉めれば、領主であるリュックジールに迷惑がかかってしまう。


自分だけが罰を受けるだけでは済まないのだ。


そういう理由から、ノエラも住民たちも何も言えず、にぎったこぶしふるわすことしかできなかった。


だがそんな雰囲気を、一瞬で変えることが起きる。


「おい、さっきから聞いていれば言いたい放題いいやがって! いくらあなたたちの身分が高いからって、言って良いこと悪いことがあるでしょ!」


貴族たちに怒声を浴びせたのは、パーティーが始まってからずっと黙っていたメイド――ミミだった。

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