07

――それから数週間が経過し、ルシールたちがシィベリーランド家の生活にも慣れた頃、一通の手紙が王都から送られてきた。


それはルシール宛てのもので、彼女はてっきり両親からだと思っていたが、幼なじみの貴族からだった。


なんでも手紙の内容によると、観光がてらにルシールの様子と、彼女の住んでいる辺境がどのようなところかを見たいのだそうだ。


ルシールはすぐにノエラに相談し、幼なじみの貴族たちがシィベリーランド家に来ることを頼んでみた。


無理だろうと思いながらも、何もせずに断るのも悪いと考えたのだ。


だが、ノエラはルシールの予想に反して、貴族一行が来ることを受け入れる。


「へー意外ですね。ノエラさんはてっきり、ここは観光地じゃございません! すみやかにお断りください! うちの子たち、ヒツジたちは見世物ではありませんことよぉぉぉッ! とか言うと思ってたのに」


「ミミ……。その喋り方はまさか私のマネですか? だとしたら二度とやらないでください」


こうして、ルシールの幼なじみであるクリンネグラム家の令嬢――シャルリーヌ·クリンネグラムと彼女の友人たちは、シィベリーランド家へやって来ることになった。


それからは貴族一行をもてなすために、ルシールは一人で準備を始める。


普段の仕事――。


家事や掃除、ヒツジたちの世話の合間を縫って、屋敷内の飾り付けを用意していた。


それに気がついたミミやノエラもまた、ルシールの手伝いを買って出る。


ルシールは、あくまで自分のワガママでシャルリーヌたちを呼ぶことになったのだから、二人は手伝わなくていいと言ったのだが――。


「ルシール様はまだ自覚が足りませんね。私はシィベリーランド家のメイドですよ。あなたはリュックジール様の妻なのです。それは私の主人ということと同義。もっと下の者をお使いください」


「そうですよ、ルシール様。ノエラさんはメイド、しかもメイド長なんだから、もっとこき使ってやらないと」


他人事のように言ったミミに、ノエラは冷たい視線を向けて言う。


「ミミ。それだとあなたもこき使われるのと、同じことになりますけど」


「えッ? 今はノエラさんの話じゃないですか。あたしのことじゃないでしょ?」


「……あなたも自覚が足りないですね」


ミミとノエラのこうしたやり取りも、まだそこまで月日が経っていないというのに、今ではすっかり定番になっていた。


ルシールにとって屋敷のヒツジたちは可愛く、街に住む民たちや、ネコらとイヌらともすっかり顔見知りになり、仕事もプライベートも楽しめている。


今では彼女を知る者からはルシール様と声をかけられ、他の領地からの使者からはシィベリーランド夫人と呼ばれ、リュックジールの妻として、確かな存在感を持つようになっていた。


だが、そんな順風じゅんぷう満帆まんぱんなルシールにも心配事はあった。


それは、彼女の夫であるリュックジール·シィベリーランドのことである。


ルシールがこの極寒の辺境地へとやって来てから、まだ彼と一度も顔を合わせられていない。


これはまともな女性ならば、憤慨ふんがいして実家に帰ってもおかしくないことだ。


嫁入りして来てみれば、屋敷には従者が一人――しかも領主夫人という立場なのに、家事や掃除、おまけに家畜の世話までやらされている。


肝心の主人は仕事でいつ戻ってくるのか、連絡すらもない。


もしかしたら仕事といって屋敷を出て、各地で多くの女を囲っているのではないか?


そう思われても仕方がない話といえるが、ルシールの心配はそういうたぐいのものではなかった。


彼女は、リュックジールが旅先で病気をなっていないか、事故にでもあっていないかと、便たよりがないことを不安に思っていたのだ。


彼が浮気をするなど、ルシールはつよほども思っていない。


むしろ、そんなことを考えもしない。


ルシールはただ、少し病弱なところがあるリュックジールの体のことだけを心配している。


「元気でいてくれたら、それだけでいいのだけど……」


ヒツジの毛刈りをしながら、物思いにふけるルシール。


慣れた手つきで羊毛ようもうを刈られて、彼女の抱かれているヒツジも気持ち良さそうにしている。


そこまでルシールがリュックジールを信頼している理由は、それだけ王都で会っていたときの時間が、とても親密で恋愛感情を超えたものがあったからだった。


騎士として剣を振るい、血塗れになりながら魔王軍と戦っていた彼女の勇姿ゆうしを、国の誰もがたたえたが、結婚相手としては別の話だった。


国のために尽くし、これまで多くの手柄を立てたルシールであっても、国中の王族、貴族、騎士の家系から彼女に、縁談の話は持ち込まれなかった。


それも仕方のないことといえる。


言わばルシールは、大げさに言っても国の英雄だ。


ルシールが魔王を倒したわけではないが、王都は彼女の活躍によって守られたと言っていい。


そんな勇者を――たとえ政略結婚とはいえ、世の男性が妻に迎えようとは思えないだろう。


男として強さを比較されるし、どうしてもルシールの功績を考えれば見劣りしてしまう。


だがそんなルシールを、リュックジールは選んだ。


出会ってから顔を合わせること数回。


彼のほうからプロポーズした。


なぜリュックジールが自分などを選んでくれたのか、今でもルシールにはわからない。


しかしそれでも彼女は、女性としても、人としても彼のこと愛し、そして尊敬もしている。


「ルシール様。ご友人のシャルリーヌ·クリンネグラム様の一行が、先ほど町に着いたようです」


「そうですか。待たせるのは気が引けますけど、毛刈りを終えてから会いに行くので、ノエラさんとミミで出迎えてあげてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る