06

辺りは当然、雪が降り積もっている。


確かに洞窟どうくつの中にまでは雪が入ってこないが、こんなところに草が生えるのだろうか?


小首をかしげているルシールとミミを置いて、ノエラは中へと歩を進めていった。


ヒツジたちも特に恐れている様子がないので、やはり中には牧草地があるのだろうが、一体、洞窟内はどんな風になっているのか?


ルシールとミミは疑問に思いながらも、ノエラとヒツジの群れの後に続いた。


それと、どういうわけか火もいていないのに、外に比べて洞窟内は暖かく感じた。


「すごい……。天井から陽が射している」


中をしばらく進むと、大きな空間へと出た。


そこは天井が高くなっており、真上からは太陽の光が射しこんでいた。


その陽を浴びた地面には、生い茂る草が生え、ヒツジの群れが嬉しそうに食事を始めている。


ルシールがその空間の真上をよく見ると、空いている天井には氷が張っていた。


ノエラが言うには、どうやらこの洞窟はシィベリーランド家が大昔に作ったもののようで、先祖代々、魔法で氷を張っているらしい。


この魔法で作られた氷は、太陽光では溶けず、まるで建物のガラスのような役割をしているようだ。


「リュックジール様って魔法が使えるんですか!?」


「当然です。知らなかったんですか、あなたは……」


驚いているミミに、ノエラが呆れながら答えた。


ルシールはミミとは違い、夫であるリュックジールが魔法を使えることを知っていたが、まさかこんな使い方をするとは思ってもみなかった。


「シュクリム、エクレ、モンブラ、クレムブリュレ、バロア、シブスト、ファブルトン。あまり慌てて食べてはいけませんよ。ミルフィーとマドレーは喧嘩けんかせず仲良くしなさい。フィナン、サブレ、パルミったら、洞窟の奥へ行ってはダメといつも言ってるでしょ。ああ、もうオランジェ、カヌレ、トロペジェ、クロカ、パリブレ、ヌガ、ギモヴは食べながら寝ないでください」


草をむヒツジの群れに声をかけながらノエラは、羊毛用のブラシを荷物から出した。


その様子を見ていたミミが言う。


「というか、ノエラさん。まさかこの子たちの名前をすべて覚えてるんですか?」


「何を当たり前のことを言ってるんですか、あなたは? ちゃんと覚えないと病気になったときに対応できないでしょ。それによく見ればみんなそれぞれ個性があるから、見分けるのもそれほど難しくありませんよ」


「うぅ、自信ないなぁ……。あたしはシルドニア家で、どの子が誰の馬かも見分けもつかなかったしぃ……」


うめくミミの横では、ノエラが出した羊毛用のブラシを受け取ったルシールが、ヒツジたちを一匹一匹見つめていた。


自分にできるだろうか?


しかしノエラの言うとおり、よく見ればヒツジにもそれぞれ個性があるはず。


まずは名前と特徴を合わせて、それから覚えるのだと、ルシールはヒツジたちのことをじっくりと見入っている。


「では、これからこの子たちのブラッシングをやるので、まずは見ていてください」


ヒツジの毛を整える必要はあるのかとルシールとミミは思ったが、どうやらノエラの話によると、やるとやらないでは毛のボリュームがまったく変わるらしい。


あと毛についた泥などの汚れを取ってやるのは、ヒツジの健康にも良いようだ。


ノエラは食事を終えたヒツジを抱きかかえると、地面に両膝をついてブラシを毛に当てていく。


優しく丁寧に、じっくりと時間をかけて、毛が絡まってヒツジが痛い思いをしないように。


ブラッシングされているヒツジも心地よいのか、嬉しそうに「メェー」と鳴いていた。


「なんか楽しそうですね。じゃあ、早速あたしも!」


ミミも羊毛用のブラシを手に取って、ヒツジを抱いてブラッシングを始めた。


だが、彼女がブラッシングをしたヒツジは身をよじってジタバタし始め、「助けて!」と言うかのように鳴き出していた。


そのあまりの暴れっぷりは、まるで井戸に放り込まれておぼれているかのようだ。


「ちょっとあなた!? 一体なにを見てたんですか!? もっと優しくしてあげなきゃダメじゃないですか!」


ノエラはそんなミミから、慌ててヒツジを奪った。


ヒツジを慰めながら、ノエラはミミのことを睨みつける。


「えー。あたし的にはかなり優しくやってあげたつもりだったんですけどねぇ」


「つもりじゃダメです! 次にそんな強くやったらシィベリーランド領から追い出して、二度と入れないようにしますよ! おーよしよし、ガレットデロワ。できの悪いメイドが酷かったですね。もう大丈夫ですよ」


「うぅ、ごめんなさい……。次はもっと優しくやりますぅ……」


それからルシールとミミは、ノエラのヒツジへの愛に怯えながらもブラッシングをおこなった。


数十匹はいたのでかなり時間はかかったが、ノエラが慣れていたので、お昼前には屋敷に戻ることができた。


ブラッシングで泥や汚れを落とし、ツヤツヤになったヒツジの群れを見て住民たちが声をかけてくる。


「今日もヒツジちゃんたち綺麗ね」


「ああ、ありゃ雪か雲みたいだよな」


「今日もみんな美人さんだぞ!」


そんな歓声のような声を聞きながら屋敷へと戻ると、ノエラがルシールとミミに言う。


「食べない子がいなかったので予定を変更しますね。明日はこの子たちの毛刈りのやり方を教えます。あと夜には側にある温泉でこの子たちを洗うので、それまでは屋敷の掃除をしてもらいますね」


休憩はないのかと、ミミが今にも文句を言いそうな苦い顔をしている横で、ルシールはクスッと上品に微笑んでいた。

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