05

昨夜、夕食を取った大広間で、ルシールの料理を食べながらテーブルに着く三人。


食事が温かいもののせいか、以前とは雰囲気が全く違っている。


「どうですかノエラさん! ルシール様の手料理の味は!? 美味しすぎてほほの肉が溶けてゾンビになっちゃいそうでしょ!?」


――とはいっても、それはただミミの機嫌がよく、相手のことなど気にせずに喋り続けているだけということだったが、まあ、それだけでも場は明るくなるものだ。


確かにミミの言うとおりだと、ルシールの料理の味は素晴らしいと、ノエラも口に出して賛成した。


なんというかルシールの作った料理は、貴族が食べるような見映えが良いだけの上品なものではなく、どこか体の弱い子に母親が作る食事のような――そのような優しさを感じさせる味だった。


代々優秀な騎士を輩出する家柄で、実際に数年前まで魔王軍と戦っていた貴族の令嬢ルシール・シルドニア。


その名は、この辺境には届いていなかったが。


ノエラはルシールのことを、シィベリーランド家の家長であるリュックジールから聞いている(あるじとなるシィベリーランド夫人になるのだから当然)。


ルシールの経歴を聞いたときの彼女は、どうせ少し剣が扱えるくらいお嬢様が、戦場へ出て後方から偉そうにしていただけだろうと思っていた。


だが彼女の行動、態度から、それは間違いだったのかもしれないと、徐々に考え始める。


「ノエラさん、ノエラさん……」


「は、はい。なんでしょうか、ルシール様?」


「そろそろこれからやる仕事の段取りを、聞かせてもらいたいのですけど」


訊ねられたノエラは、丸くなっていた目をいつもの鋭いものへと戻し、早速、仕事の説明を始めた。


ルシールに与えられた仕事とは、ヒツジを草の多い場所へと連れていき、そこで放牧すること。


その後、屋敷に戻ったら、食事を取らなかったヒツジの毛刈りをおこなうこと――その二つだった。


極寒の地で生まれたシィベリーランド領のヒツジは、他の地域のものとは少し違い、毛の生えるのが早い。


普通の土地に育つヒツジは基本的に年に一度しか毛刈りをしないが、シィベリーランド領のヒツジは年に十二――つまり一ヶ月に一度のペースでその毛を刈るのである。


さらにノエラは、どうしてヒツジを屋敷内で飼っているのか、その理由もルシールたちに話した。


まず外や畜舎ちくしゃで飼うとなると、凍死の可能性がある。


もちろん理由はそれだけではなく、シィベリーランド領のヒツジはオスもメスも寂しがり屋で、世話をしてくれる人間が傍にいないと体調を崩してしまうのだ。


このヒツジの特徴が寒い地域ならではなのかは、この領内で一番長く生きている老執事でもわからないらしい。


「段取りはわかりました。ですけど、ノエラさん。この町は内も外も雪が積もっています。それを見るに、とてもじゃないですが、ヒツジたちのための牧草地ぼくそうちがあるとは思えないですけど」


ルシールの疑問に、彼女の隣に座っているミミも、腕を組んでコクコクとうなづいていた。


彼女たちがそう考えるのも当然だ。


ここは年中雪が降る辺境の地シィベリーランド領。


そんな地面に陽が当たらない場所で、一体どのようにして牧草が育つのか?


誰だって不思議に思うに決まっているだろう。


「それは、確かに外で牧草が育つのは無理でしょうね。まあ、そのことはまた後でお話します。そろそろあの子たちが出たがっているようなので、準備を始めましょう」


ノエラがそう言った後に、廊下からヒツジたちの鳴き声が聞こえてきた。


どうやら、ヒツジたちはいつも今の時間帯くらいに屋敷を出ているのだろう。


その鳴き声からして、ヒツジたち皆が一斉になって大広間に向かって「早くごはんが食べたいよぉ」と、訴えているようだった。


食器を片付けたルシールたちは、それからヒツジの群れを率いて屋敷を出た。


ルシールとミミが慣れるまではノエラも手伝うと言い、彼女たちは数十匹のヒツジと町を進んでいく。


「ノエラさん、おはよう」


「毎日、大変だね。そちらの二人は新人さんかい?」


朝に食材の配達をしていた少年や、散歩をしていた老人が声をかけてくる。


ノエラも気さくに挨拶し、ルシールとミミも言葉を返した。


それからルシールとミミは、群れに近寄ってきたネコやイヌがヒツジたちに寄り添っているのを見て、さらに笑みを深くする。


動物が仲良くしている光景は、何とも言えぬ、穏やかな気持ちにさせてくれるものだ。


そんな動物たちのやり取りを微笑ましく思っていながら、彼女たちとヒツジの群れは町を出て、山のほうへと向かった。


「到着しましたよ、お二方。この中に牧草地があります」


先頭を歩いていたノエラが足を止めたところは、山に風穴が空いているような洞窟どうくつだった。

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