04
――次の日の朝。
まだ陽が上がったばかりの時刻に、ノエラはルシールたちの部屋の前に来ていた。
彼女はコンコンコンとノックをしたが反応がなかったので、声をかけながら中へと入る。
部屋の中にはルシールたちが出した荷物と、ベットでいびきを
しかし、ルシールの姿はどこにもない。
それと、なぜか部屋の隅に真っ赤な毛のかたまりが見えた。
ノエラは不可解に思いながらも、眠っているミミから毛布を取り、彼女を起こす。
「うん? あッおはよう、ノエラさん。もう朝ごはんですか?」
「……あなたは本当にメイドですか?」
目を擦りながら朝食のことを訊いてきたミミに呆れながら、ノエラは彼女にすぐに着替えるように言って共に部屋を出た。
廊下を歩きながらノエラは思う。
昨夜に朝から仕事があることは伝えていたのに、なんたる体たらく。
シルドニア家のメイドがこれでは、その
「ルシール様はどちらへ行ったんですか?」
「さあ、知りません。あたしはすぐに寝ちゃいましたから。それにしてもヒツジがいっぱい家の中にいるのってとってもファンタジーですね。なんか特別な魔法をかけたみたい」
訊ねた自分が間違っていた。
もはやこのダメなメイドには怒りすらわかない。
ノエラは、きっと用を足しに行っているのだろうと思いながら、ルシールのことは放って朝の仕事へと向かうことにした。
シィベリーランド家は、基本的に多くの従者を使わない。
忙しいときは町に住む民に手伝ってもらうことはあるが、それも短期的なものだ。
ノエラがメイド長という役職についているのは、そういう人間たちをまとめているだけで、この屋敷のことは
他にはシィベリーランド家には先々代から仕えている老執事がいるが、今はリュックジールと同じく仕事で出払っていた。
「はぁー眠いなぁ……。ねえ、ノエラさん。朝の仕事って何をするんでしたっけ?」
「昨日の夕食のときに話したと思うのですが、お忘れですか」
「もうヤダなぁ、そんなの忘れるに決まってるじゃないですか。一回言われただけじゃ覚えられませんよぉ。しかもごはんを食べてるんだから、そっち集中するでしょう、フツー」
そんな胸を張って言うようなことではないだろう。
ノエラは、ますますミミの悪びれない態度に呆れながら、朝一番の仕事場――屋敷の厨房へと入った。
「ノエラさん、おはようございます。あッ、ミミもいたんですね、おはよう」
厨房内には、ルシールがいた。
彼女はすでに朝の仕事――朝食の用意を終えており、皿に料理を移しているところだった。
驚きを隠せないノエラだったが、それよりも、ルシールの姿を見て、すぐに別のことに気を取られる。
「ルシール様……その髪は……?」
「ああ、これですか? 昨日、寝る前に切ったんですよ。変ですかね?」
戸惑いながら訊ねたノエラに、ルシールはあっけらかんと答えた。
ノエルが部屋にあった赤い毛のかたまりは、彼女のものだったのかと言葉を失っていると、ミミはルシールへと近づいていく。
「切っちゃんですか。せっかく伸ばしてたのにぃ」
「伸ばしてたのは少しでも女らしく見せたかったからで、シィベリーランド家に迎えてもらった今の私には、もう意味がないから」
「でも、長いのもお似合いでしたよぉ」
「ありがとう、ミミ。でも、元々短いほうが好きなんですよ、私。それに戦場じゃずっと短くしてましたね。やっぱりこっちほうが動きやすいです」
短い髪型となり、さらには服も昨日に着ていたドレスではなく、男物のズボンとシャツに着替えているせいか、ルシールの印象は中性的になっていた。
とても領主夫人――いや、貴族の令嬢には見えない格好だ。
しかも、皿に移した料理――肉と野菜が入ったスープを見る限り、ルシールが付け焼き刃ではない、しっかりと食事を作ることができるのがわかる。
ノエラは、まさか彼女にこんなことができるとは思ってもみなかった。
おそらくルシールの料理の腕が、戦場で磨かれたものだろうことは、シルドニア家が、代々騎士として名を上げている家柄ということから想像できる。
しかし、それにしても兵を率いる立場である騎士が、それも貴族が、これほどの本格的な料理を作れるなんて――。
ノエラは、ルシールのすべてに舌を巻くしかなかった。
「あの、ノエラさん……。ここに置いてあった食材、勝手に使ってはいけなかったですかね?」
申し訳なさそう言ったルシールの声を聞き、ようやく我に返ったノエラは、何も問題はないと答えた。
すると、どうしてだかミミが彼女の目の前に立ち、まるで見せつけるように胸を張ってくる。
「どうですか、あたしのご主人ルシール様の実力は! ルシール様は剣でも家事でも、誰と競ったって負けなしなんですよ!」
「なんであなたが偉そうなんですか……」
自分のことを棚に上げ、
主人よりも遅くに起き、しかも家事をやらせて誇らしげにしている従者など、ノエラは見たことも聞いたこともない。
(だけど、王都の貴族は道化師を飼う趣味があるとかないとか……。きっとこのダメなメイドはその
だが、意外と王都では普通なのかもしれないと考えるようにし、気を取り直してルシールを手伝うことにする。
それから三人で料理を運び、朝食を取りながら仕事の段取りについて話すことになった。
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