15
町の中心――住民たちが集まっているほうが騒がしくなっている。
それは、先ほどとは違って恐怖と混乱が混じった騒がしさだ。
ルシールがシィベリーランド領に入ってから、これまで一度も魔獣と出くわしたことはない。
王都にいる頃から、辺境の危険な地域だと聞かされていたというにだ。
その理由は、ランゼたち魔族が領内を回り、町や村を守っているからだと昨日に知らされたが――。
「落ち着けみんな! ともかく町にはブリザード·ウルフが入って来ないようにする! だから慌てずに屋敷に避難するんだ!」
ランゼが声をかけ、住民たちは彼に従って、言われたとおりに動き出していた。
誰もパニックになることなく列を作り、不安そうながらも屋敷へと向かっている。
それだけで彼が、領民たちに信頼されていることがわかる。
その様子を見ていたルシールもまた屋敷へと戻り、自分の部屋にあった剣を手に取った。
彼女が剣を持って屋敷の外へ出ようとしていると、そこへノエラとミミが現れる。
「ルシール様!? まさか魔獣と戦うつもりですか!?」
「もうノエラさんたら、そんなの見ればわかるじゃないですか」
呆れて言ったミミに、ノエラは怒声を浴びせた。
ブリザード·ウルフはただの魔獣ではない。
吹雪を操り、しかも群れのボスはかなりの大型の魔獣なのだと。
いくら魔王軍と戦っていた経験があっても、慣れない人間が雪原地帯でブリザード·ウルフと戦うのは自殺行為だと、いつもの調子で言った彼女に声を荒げた。
いつになく真剣なノエラに対し、これにはさすがのミミも怯んでいると、ルシールは言う。
「子どもたちの声が町の外から聞こえました。急がないと間に合わなくなる……。私が行きます」
ブリザード·ウルフの数がどれほどかわからないが、群れで動く習性があるのならば、ランゼたちは町を守るので精一杯だろう。
そうなると、外にいると思われる子どもたちを助けに行く者が必要だと、ルシールは鞘に収まった剣を背に収め、ノエラに訴えかけた。
「しかし、もしあなたに何かあったら、屋敷に戻ってくるリュックジール様に申し訳が立ちません!」
「私は大丈夫です。こう見えても結構、強いんですよ。それに、ここにはミミもいますし」
ルシールがミミのほうを見ながら言い、ノエラは視線を動かす。
そこにはミミもまた剣を腰に収め、戦いに出ようとする姿があった。
二人で町の外へ行くつもりかと、ノエラの表情が激しく歪む。
「仕方ありません……。止めても無駄なら私もついていきます。ですが、せめて皆に伝えてから――」
ルシールはノエラがまだ話している途中で、部屋から飛び出していく
「すみませんが、今は時間が惜しい! 私はすぐに出ます。行きますよ、ミミ!」
「はいな!」
屋敷を飛び出していった二人に苛立ちながら、ノエラはすぐにランゼのもとへと走る。
そして、ランゼが仲間の魔族や戦える領民たちをまとめていたところに声をかけ、ルシールとミミが町の外へ行ってしまったことを伝えた。
話を聞いたランゼもまた、これでもかと苦い顔になっていた。
「なんで止めておかないんだよ、ノエラ!? あいつらはお前が面倒見てんだろうが!」
「くッ、申し訳ないです……。私もすぐに二人を追いますので、ここは頼みますよ!」
「無茶すんなよ! 大型のブリザード·ウルフを見たらすぐに逃げろ! いくらお前でも、あれの相手を一人でなんてできっこねぇんだからな!」
ランゼに事情を伝えたノエラは、先に屋敷を出て行ったルシールたちを追いかけた。
――その頃、ルシールたちは町の外にいた。
子どもたちの声がしたほうを思い出しながら、どこへ向かうのが正解なのか頭を悩ませている。
「あ、そういえばなんですけど」
「なんですか、ミミ」
「祭りの準備前に子どもたちと話していたとき、なんか面白いところはないかって訊かれたんですよ」
ミミが町にヒツジたちを放つ前――。
他の村から来ていた子どもたちが、彼女に町の近くで遊べるところがないかと訊ねていた。
おそらくは冒険ごっこでやろうとしていたのだろう。
せがまれたミミは、子どもたちに牧草地がある
しかし、洞窟から声が届くはずもない。
だが、今はミミの話に賭けるしかないと、ルシールは洞窟のある方向へ向かうことにする。
積もった雪に足が取られそうだが、彼女たちもここでの生活に慣れていたのもあって、問題なく道を進んでいく。
その後ろから槍を背負ったノエラが追いかけてきて、彼女は凄まじい足の早さをみせ、走っているルシールたちに並んだ。
そんなノエラに、ミミが笑顔で声をかける。
「ノエラさん早いですねぇ。身体能力は高そうだとは思ってましたけど、もうあたしたちに追いつくなんて。今度どっちが早いか競争しましょう」
「お断りします。それよりも、今どこへ向かっているのですか?」
ミミに雑に返事をしたノエラに、ルシールが説明しようとした瞬間――。
洞窟のある方向から叫び声が聞こえた。
「だれか、だれか助けてッ!」
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