16

幼く怯えた声。


ルシールは、それが先ほど魔獣が現れたことを知らせた子どもの悲鳴だとわかった。


やはり子どもたちはミミから洞窟のある場所を聞いて、そこへ向かっていたのだ。


悲鳴を聞き、速度を上げて向かうと、そこには子どもたちがいた。


腰を抜かしているのだろうか。


子どもたちは地面に座って、泣きながら震えている。


近づくと、そこには魔獣の群れ――ブリザード·ウルフが集団で子どもたちを囲んでいた。


「ミミ! ノエラさん! それぞれ左右をお願いします!」


「ルシール様はどうするつもりですか!?」


「私は正面からくる敵の相手を!」


ノエラが訊ねると、ルシールは背負っていた剣を抜いて魔獣の群れへと斬り込んでいった。


唸るブリザード·ウルフが同時に三匹ルシールに襲いかかるが、彼女は凄まじい剣速で敵を斬り払う。


それでも、さらに魔獣は群がってくる。


数は三十匹、いや五十匹はいるだろうか。


数匹を倒したところで、ブリザード·ウルフの進撃は止まらなかった。


「ルシール様! あまり無理をしないでください!」


「へーきへーき。ルシール様がオオカミごときにやられるわけないんですから」


「あなたという人はッ! それでも本当に従者ですか!?」


「ノエラさんったら余裕ですね。戦闘中だってのに。ほらほら、ウルフちゃんたちが次から次へと来てますよ」


ノエラは率先して前へと出たルシールを止めようと声を上げた。


だがミミが即座に問題ないと言い、そのせいでいつもの説教が始まりそうだったが、そんなことをしている場合ではない。


ブリザード·ウルフの数は、まだまだ増えている。


このままでは不味い――と、ノエラが冷や汗をいていると、状況はさらに最悪な方向に――。


「まだ奥にいるの!」


「そうなんだ! 洞窟の前ではぐれたヤツがまだいるんだよ!」


突然、子どもたちが叫んだ。


どうやら逃げ遅れた子どもがいて、その子を助けてあげてと、泣きながら声を上げている。


子どもたちの声を聞いたルシールは、構えを変えてブリザード・ウルフの群れへと突進。


その短い赤毛を振り回しながら、洞窟に向かって強行突破を始めた。


やはりそうなるか。


ノエラはルシールを止めようとしたが、自分がこの場を離れたら残るのは子どもたち――敵の数からして、ミミ一人では守りきれないと歯を食いしばっていた。


「いってらっしゃいませ、ルシール様~!」


「ふざけてる場合ですか!? 仮にこの群れを突破できても、まだまだ敵はいるんですよ!」


子どもたちを背に、槍を振り回しながら吠えるように言ったノエラ。


自分の力ではどうしようもできない苛立ちから、いつもと変わらないミミの態度に怒りをぶつけた。


だが、ミミは笑う。


普段からつり上がっているノエラの目が、さらに厳しいものになっていても、彼女は笑顔を絶やさない。


「あたしはいたって真面目ですよ」


「くッ!? ご主人様の危機になんて言い草ですか! どうやら私はあなたのことを買い被っていたようですね。仕事はできずとも、あるじのためなら命を投げ出す……そういう人だと思っていたのに……」


「主を信じるのもメイドの務めです! むしろこのくらい危機をなんとかできなきゃ、ご主人様交代ですよ!」


ミミはブリザード・ウルフを切り捨てながら、ルシールの行動は当然のことだと返事をする。


自分のご主人様は、守られるだけの存在ではなく、他人を守る存在なのだと。


そうでなければあの人の従者になどなっていないと、笑顔のままながら、いつになく真剣な声で言い放った。


そんなミミの言葉を聞いたノエラは、今さらながら思う。


そもそもこの黒髪の娘は、最初からメイドとしては役立たずで、なによりも人に従うような者には見えなかった。


まるで好き勝手に駆け回る野生動物。


そんな獣のような娘が従っているということは、余程ルシールのことを認めているということか。


ノエラは、ルシールやミミのことをわかったつもりになっていたと、思わず噴き出してしまった。


「いいでしょう……それがルシール様が求める従者だというのなら……。このシィベリーランド家メイド長ノエル! この命果てるまで付き合いましょう!」


「いちいち大げさなんだから、ノエルさんは。これぐらいのことで大声を出さないでくださいよ。ゆる~くいきましょう」


「……後で説教です」


「えぇぇぇッ!? なんでッ!?」


――ノエラとミミが、ブリザード·ウルフの群れから子どもたちを守っていたとき――。


敵の中へと飛び込んでいったルシールは、洞窟の前にたどり着いていた。


しかし、全身にはブリザード·ウルフから受けた傷が、至るところにつけられている。


呼吸も荒く、かなり満身まんしん創痍そういといった様子だ。


「いた! 無事だった!」


それでも聞いていた逃げ遅れた子どもを見つけ、すぐに駆け寄る。


その子ども――幼い少女は、頭にネコを乗せ、傍にはなぜだかイヌとヒツジがいて、ブルブルと震えながらルシール様のことを見つめていた。


頭上で丸まっているネコも、少女に寄り添っているイヌもヒツジも、耳を寝かせた状態で彼女と同じように怯えている。


もう大丈夫と、ルシールが少女を抱きしめると――。


「どうやら、まだ残っていたようですね……。しかも大物が……」


背後から獣の気配がした。

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