17

ドスン、ドスンと、まるで地震のように大地を揺らす足音が聞こえた。


その振動で、側にある山から雪が崩れ落ちるほどだ。


「ここでじっとしていてください。大丈夫です。私が必ずあなたを、無事にみんなのもとへ連れて帰りますからね」


ルシールは怯える幼い少女にそう言うと、振り返って背負っていた剣を抜く。


目の前には、ブリザード·ウルフ――しかも、これまでとは比べられないほどの巨大な体を持った敵がいた。


おそらくは話に聞いていた群れのボスだろう。


巨大なブリザード·ウルフは、うなりながら血走った眼光でルシールをにらみつけ、ゆっくりと彼女のもとへ歩を進めている。


傷ついた体で、ましてやろくな装備も身に付けていない状態で、こんな強敵と対峙するのは危険すぎる。


だが、ルシールの目に迷いはなかった。


抜いた剣を構え、少しでも少女と動物らから魔獣を引き離そうと飛びかかり、洞窟どうくつの前から移動。


振り落とされる鋭い爪を剣で弾き、洞窟の上――山岳地帯へブリザード·ウルフのボスを誘導する。


「さて、ここまでくればもう遠慮えんりょはいりませんよ」


わざわざ魔獣に一声かけ、仕切り直しとばかりに剣を構え直すルシール。


向かい合う場所は斜面。


敵が下、彼女が上と誘導しながらも有利な地形に移動していた。


それでも雪の山道などものともしない魔獣と、満身創痍のルシールとではまだ力の差に開きがある。


さらにこれまで倒してきた雑魚ざこではなく、相手は群れのボスだ。


まだまだ油断できる状況ではない。


「ウオォォォンッ!」


吠えながら、不利な下からブリザード·ウルフのボスが飛びかかってくる。


その雄たけびは大気を震わし、気の小さい者ならば、恐怖で動けなくなってしまいそうだが、ルシールは迎え撃つ。


必ず少女と動物たちを連れて町へ戻るのだと、痛む体を奮い立たせて斬り返す。


地の利を得たのもあり、ルシールが優勢に戦いを進めていた。


下からいくら襲おうと、わずかな間でブリザード·ウルフの攻撃の間合いを理解した彼女には、魔獣の爪や牙は届かない。


次第にルシールの振る剣が魔獣に当たり始め、このまま決着がつくかと思われたが――。


「なにですか、これは!? ぐぅッ!?」


ブリザード·ウルフのボスが屈みながら唸り出すと、吹雪が白い渦を巻いて彼女に降り注いだ。


これは魔法か?


ブリザード·ウルフはその名のとおり、吹雪きを攻撃できる特殊な魔獣だ。


この力は数いるブリザード·ウルフの中でも、群れのボスだけが持つ。


まるで無数の小石を全身に受けるような痛みを感じ、そのあまりの威力から、ルシールはひざから崩れ落ちてしまう。


「くッ!? 不覚を取りました……。でもまだッ!」


傷ついた全身に吹雪を浴びてもまだ、ルシールは立ち上がる。


その両足は生まれたての小鹿のように頼りないが、それでも彼女は剣を構える。


ここでやられるわけにはいかない。


子どもたちや動物たちを守らねば――。


何よりもまだこの地へ来てから、夫であるリュックジールの顔すら見ていないのだ。


彼の大事な場所を守れずに、命を落として申し訳ないでは、死んでも死にきれない。


「私はまだ死ぬわけにはいかない! 彼に……リュックジールに会うまで、必ず生き残ってこの地を守る!」


ルシールがブリザード·ウルフに負けじと気を吐いた次の瞬間――。


山が震え始めた。


彼女はその異変がなんなのかすぐに気がついた。


激しい魔獣との戦いの影響で、雪崩が今まさに起きようとしているのだと。


慌てたルシールはブリザード·ウルフの巨体をすり抜け、下にいる子どもたちのもとへと走った。


このままでは魔獣共々、雪崩に巻き込まれてしまう。


一刻も早くこの場から去らねばと、なりふり構わず駆け出す。


「グオォォォンッ!」


魔獣が獲物の息の根を止めようと、ルシールの背中に向かって爪を繰り出したが、今は相手をしているひまなどない。


かすめようが痛みを感じている場合ではない。


ともかく今は子どもたちを――。


「聞こえますか!? 私です! すぐにでもここを去らないと危ない!」


ルシールが子どもたちに声をかけ、少女に自分の背に乗るように言い、イヌとヒツジをそれぞれ小脇に抱える(ネコは少女の頭の上だ)。


だが時はすでに遅く、山からは雪崩が押し寄せてきていた。


ブリザード·ウルフの巨体を飲み込みながら、今度はルシールたちまで巻き込もうと向かってくる。


もうダメかと、ルシールはせめて子どもたちだけでも守ろうと、その身を盾にしゃがみ込んだとき、彼女がずっと聞きたかった声が耳に入ってきた。


「間に合った……。すぐに助けるよ、ルシール」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る