令嬢騎士の嫁入り~極寒の辺境はあたたかい人ばかりでした~

コラム

01

見渡す限りの白銀の世界。


雪こそ降っていないが、地面にはかなりの量が降り積もっており、とても進みづらい状態だ。


幸い、まだ陽は高い――そんな中を、二人の女性が歩いている。


「ルシール様。やっぱりさっきの町で馬車を待っていたほうがよかったんじゃないですか?」


「そんなに遠くないって言っていたし。何時間も待つよりも、こうやって歩いたほうが気持ちが楽よ。きっともうすぐ着くと思うから、頑張りましょう、ミミ」


長く赤い髪をした翠眼すいがんの女性――ルシールが、肩にかかるくらいまでの黒髪の従者の若い女性――ミミに励ましの言葉をかけた。


ミミはムスッと不機嫌そうにしながらも、先を歩くルシールに続く。


二人とも生地の厚いマントを羽織っている。


その下に着ているもの――ルシールは紫色のドレスを、ミミのほうは上質なメイド服を身に付けている。


華やかでとても上品な装いだが、とても雪道に適しているとはいえないため、かなり動きづらそうだった。


「ったく、これから奥さんになる人の迎えくらい、すぐに寄越せってもんですよ」


「ミミは無理して来なくてもよかったのに」


「そうはいきますか! あたしはルシール様だけの専属メイドなんです! たとえルシール様が地獄へ行こうが魔界へ行こうがどこまでもお供しますよ!」


ルシールは、鼻息荒く答えたミミに向かって、微笑みを返した。


彼女たちは今、シィベリーランドという土地へと向かっていた。


それは、その土地の領主であるリュックジール·シィベリーランドのところへ、ルシールが嫁入りするためだった。


本来ならばルシールたちが住む王都へ、夫であるリュックジールが迎えに来るという話になっていたのだが。


リュックジールが迎えに来れるのが三ヶ月は先になると聞き、ルシールはならば自力で行くと答え、このような状況となっていたのだった。


シィベリーランドは王都からかなり離れた辺境にある土地で、暖かい時期でも雪が降り、年中寒いところだ。


さらに領内の森や山には、魔王が倒された今でも魔獣が現れ、とても危険な地域。


そんな辺境の地にルシールが嫁入りすると聞いたとき、ミミは猛反対していた。


だがしかし、二十九歳となってもまだ結婚をしていない娘に良縁が来たと、ルシールの両親は大喜び。


ルシールもまたシルドニア家の長女として、これは良い機会だと、リュックジールからの求婚を受けたのだった。


メイドのミミがいくら反対しようと、主が受け入れたのだから従うしかなく、それでも心配だと無理やりについてきている。


「うぅ、寒いし、歩きづらいし、一体いつになったら着くんだよぉ。もうッ! ルシール様にそんなに遠くないって言った奴! 今度会ったらただじゃ済まないんだから!」


「そんなカリカリしないで。あッ、町が見えてきましたよ」


しばらく雪道を歩き続けたルシールとミミは、リュックジールの屋敷がある町へとようやくたどり着いた。


王都から約一週間はかかる長旅だったが、ルシールは全く疲れてはいなかった。


まとな貴族の令嬢ならば、途中でを上げてもおかしくない険しい道でも、彼女にとっては大したことでない。


その理由は――。


ルシール·シルドニアが、数年前まであった魔王軍との戦争で、騎士として軍を率いて戦っていたからだった。


水も食料も尽きかけた厳しい行軍、清潔とは程遠い野宿を経験している彼女には、この程度の旅など遠出の旅行と変わらない。


町へと入ろうと目の前まで来たルシールとミミ。


まず二人が驚いたのは、このシィベリーランドの中心にある町には周囲に柵がないことだった。


この地域は未だに魔獣が多く出るところ。


城壁とまではいかないまでも、せめて木の柵で町を囲んだほうが安心できるのではと、戸惑いながら中へと入る。


門番というか見張りも特にいなかったので、そのまま歩を進める。


「では、早速シィベリーランド家の屋敷に向かいますか」


「というか、あたしたちが今日には屋敷に着くことは知らせておいたんだから、出迎えくらいないんですかね。……なんか腹立つなぁ」


「それは無理でしょう。到着時間なんてわからないんですから」


「ルシール様はそう言いますけど……。あたしはいいんですよ。メイドだしぃ、身分だって低いしぃ。でも、ルシール様をそでにするのには我慢できません!」


ルシールは、頭から湯気が出そうなほど顔をしかめているメイドに苦笑いを向けながら、シィベリーランド家の屋敷を目指した。


その途中で、この町が領内で一番大きいと聞いていたことを思い出していた。


こうやって実際に入ってみるとわかるが、やはり辺境ゆえなのか、町というよりは村と呼んだほうがしっくりくるほど小さなところだった。


すべての住居が丸太で作られ、道で遊んでいる子どもたちやその両親たちが何やら楽しそうに会話している。


それ以外にもネコやイヌの姿が多く見られ、その動物たちが皆、民たちに懐いているようだった。


その様子は、町にいるネコやイヌには決まった飼い主などおらず、町全体で飼っているような――そんな雰囲気を感じさせた。


「よかった……」


「うん? ちょっとルシール様。なにがよかったんですか? ちっともよくなんかないですよ。王都からは遠いし、出迎えはないし、何よりここは寒すぎです。……まあ、空気はんでいて、ネコちゃんやワンコは可愛いですけど」


「ミミもここが気に入りましたか? よかったです」


「き、気に入ってなんかないですよ! ほら早く屋敷に行って、あったかいお茶でも飲ませてもらいましょう」


ルシールは、急に早足になったメイドの背中を見ながら、夫となったリュックジールのことを考える。


この町の穏やかな光景は、領主である彼が善政を行っている証であろうと。


リュックジールのもとへとついでよかったと、この極寒の辺境へきてよかったと、ルシールは胸が熱くなっていくのを感じていた。


「ルシール様! たぶんですけど、あそこがシィベリーランド家の屋敷ですよ!」


急かしてくるミミの近くまで走り、ルシールはシィベリーランド家の屋敷の前へと立った。

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