第17話 救うための選択

 絶望的な状況下の中で、身を伏せていた魔族達の中からジャックがのそりと起き上がる。


 「ジャック、やめておけ。お前がいくら強者であってもこの数には勝てないぞ」


 浴びせられる人間達の照明をスポットライトのようにジャックは受けながら、必死に制止しようとするザガドを見下ろした。


 「本当なら、これで全て終わりなんだよ。俺達がどれだけ必死に抗っても、こうやって地面に這いつくばり、そのまま圧死するしかないんだ。だから、俺はこういう道を選択した。これが最良の選択肢なんだと信じている。……今のお前達には分からないかもしれないが」


 人間の銃撃に怯える様子もなく、悠然とジャックは前進した。進行した先は、外に繋がる門の出入り口だった。

 ジャックの歩き出した先、校門の前には一人の少女が立っていた。――アマガハラレイだ。

 まさか、とザガドは考える。

 破壊者の存在を察知したジャックが、一人であの勇者に匹敵する存在に挑むというのか。


 「よせ、お前一人ではそいつに勝てない!」


 どうせ死ぬなら、と恐怖で震える両足にザガドは力を込めた。


 「――よせはこっちの台詞だ。お前ら、動くなよ」


 立ち上がり援護しようとしていたザガドやガウロンを、ジャックは鋭い眼光で射貫いた。


 「やめておこう、奴には何か考えがあるのかもしれない」


 小さく呟いたのはガウロンだった。不安ではあるが、ザガドは二人の言う通りに従うことにした。

 そうこうしている内に、手を伸ばしたら届くような距離までジャックとアマガハラレンは接近した。

 時間にして一、二分ほどジャックとアマガハラレンは見つめ合うと、二人して魔族達の方へ振り返った。

 勇者と魔族が争うことなく横並びに立つ光景を前に、魔族の数名は明らかに混乱していた。まるで友人のように数歩二人は進むと、急に足を止めたジャックよりも四歩ほど前進したアマガハラレンは几帳面に両足を揃えて停止した。


 『聞こえていますか、魔族の皆さん』


 驚きのあまりザガドは腰を抜かしそうになるが、周囲の動揺の広まりかたを目にするにそれは他の者も同じらしいことが分かる。

 今、アマガハラレンのものと思われる声が頭の中に聞こえた。しかも魔族が理解できる言語に翻訳されていた。


 「これは、お前達の力なのか」


 緊張しているのだろう、尻尾を逆立てたガウロンがアマガハラレンに訊ねた。


 『ええ、そうです。直接、貴方達の心に語り掛けています。そして、貴方達の現状もジャックから聞いています』


 ザガドはカリブレイドが振動するのを感じた。それは、自分も同じ気持ちだとばかりにザガドは声を荒げた。


 「ジャック、裏切ったのか!?」


 複雑そうな表情で目線を逸らしたジャックは、首に提げた王から貰った宝石を外した。


 「この宝石は、王に自分の位置や破壊者が接近していることを伝える。帰還する為に必要な道具ではあると同時に、逐一王に行動を覗き見されているようなものだ。まだ壊しはしないが、今だけはその宝石を手放してはくれないか」


 困惑する魔族が多数だったが、生きる為の勘が働いたのか先陣を切るようにしてガウロンが宝石を地面に転がした。


 「お前ら早く宝石を手放せ。どう転んだって命は奴らに握られている、生きたいなら従うしかないぞ」


 どれだけここで悩んでいても絶望的な状況は変わらないのだ、ザガドはもちろんトルカ達も身に着けていた宝石を外した。

 当のジャックは意外にも少し安堵している様子だった。


 「礼を言おう、その宝石の事は全てが理解できているわけじゃない。あちらの世界とこちら側を結びつけるものである以上、これからの話をする為には外すことが最低条件だった」


 ジャックは慣れた雰囲気でアマガハラレンと目配せをすると互いに頷いた。この行動だけで、二人には何らかの協力関係があることに一部の魔族達は気付いた。恐らく、自分達が思っている以上にジャックとアマガハラレンは長い時間を過ごしているとしか思えなかった。


 『まず最初にはっきり言っておくけど、私とジャックは協力関係よ』


 口にしなくても、多くの者は気付いていた。だが、いざ声にすることで何度も破壊者と戦ってきた者達は、それなりに衝撃を受けているようで何度も瞬きをしていた。


 『王様が貴方達に渡した宝石は、所有者が死亡すると同時に自壊していた。だけど、稀に凍らされたり毒で死んだような特殊な死に方をした場合は宝石が完全に自壊することなく残っていたのよ。そうして残された宝石を調査し、貴方達が突然迷い込んできたのではなく何らかの意図でこのデスゲームを計画した者……王様が居ること把握した。たぶん王様の目論見は、貴方達から見た破壊者である私達を殺すこと、最後は魔族の殲滅に行き着くはずよ』


 デスゲームという言葉だけは理解できなかったが、ザガドとしてはその結論に対してジャックと破壊者が協力していることを知った時以上の驚きはなかった。むしろ、驚くぐらい納得していた。それは他の魔族も同じようで顔を歪める者が数名いる程度の反応だった。


 『宝石だけでは詳細なことは判明しなかったけど、私の能力……貴方達で言うところの勇者の力が覚醒したことで、魔族との対話をすることが可能になった。意思疎通が可能になったことで、同じく今回の問題の根源をどうにたいと考えていたジャックと協力することもできた。……だけど、その度に魔族と人間側にも大きな被害が出た。そうした積み重ねがあったからこそ、今こうやって貴方達と会話できる状況までやって来れたのよ』


 黙って話を聞いていたザガドは突然殺される心配がないことに気付き、動揺されて引き金を引かれないようにゆっくりと立ち上がりアマガハラレンに話しかけた。


 「俺達は王に逆らえないんだ、だからアンタ達を殺さないと元の世界に戻れない。結局は、互いに殺し合うしかないだろ」


 『いいえ、それ以外の道に気付くことができたからこそ、強引だけどこういう場所を設けたのよ』


 「随分と自信がある言い方をするんだな……。じゃあ、どういう考えがあるのか教えてくれないか」


 アマガハラレンから敵意が感じられないせいか、それとも相手に命を握られている状況で自棄になったからか、問いかけるザガドは恐怖を忘れて正面から向き合った。


 『貴方達の言う破壊者と勇者は恐らく同じ存在。きっと王様はこの世界の勇者よりも強大な力を持っている。だけど、私達は一人じゃない。大勢の特殊能力を持った勇者がいるの。その一人一人が協力をしたら、王様に打ち勝つことができる。逆にこちらから攻め込むこともできるのよ。……こういう物を作ってね』


 ふとアマガハラレンは、制服のポケットに手を入れた。そして、そのポケットの中から見覚えのある宝石の付いた首飾りが出て来た。


 「それは、王が俺達に渡した宝石か」


 地面に散らばる宝石はそのままだが、アマガハラレンの手元には同等の宝石が存在する。つまり、それの意味することは――。


 「――複製したんだ。王の渡した宝石を元にしてな」


 答えを口にしたのはジャックだった。

 どよめきが周囲に広がる。ここまで生き残ってきた魔族達は、それなりの知能が高くジャックの発言の事の重大さを理解した。

 反応に満足したジャックは、そのまま言葉を続けた。


 「これがどういうことか、今のお前達なら分かるだろ。王と同等の力を持った存在がこの世界に居て、俺達の襲来に困っていた。だけど、話をしてみたら俺達も被害者だ。だったら、原因である王を協力して倒そうと言ってくれているんだ。どうせこのまま戦い続けても、俺達には死ぬしか道はない。それまでにこの世界の住人も多く死ぬだろう。……これは魔族にとっての転換期なんだ、今まで苦しめられてきた王の支配を俺達の手で終わらせるんだ」


 大半の魔族が息を呑むのが分かった。

 大勢の同胞を殺され、ずっと人間達に見下されて過ごしてきた日々を終わらせることができる。その状況が妄想ではなく、現実になろうとしている。そうした事実に、各々の魔族なりに静かに興奮していた。

 思わぬ光明にザガドも気持ちが昂っている一人だったが、この好転とも急転とも呼べる状況に体に纏わりつくような不安感もあった。しかし感情の整理が追い付かない今のザガドには、その不安感がどういうものかが理解できなかった。


 「ノヴァク、これは正しい選択なのだろうか」


 カリブレイドの柄に手を置く、剣からは何も感じることはできなかった。

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