第20話 業
これまでとは逆の状況だ、とザガドは思った。
王国の兵士達は、白昼堂々と突然出現した魔族達に驚いていたものの、命知らずの魔族が来たのだと嘲笑に変わった。
魔族達は人間に逆らえないように魔術による呪いが組み込まれている。それは人間達にも周知の事実だった。だが、先陣を切ったオーク族のトルカにより、一瞬にして一人の兵士が首を折れられたことで、自分達がどれだけ危機的な状況に立たされていたのかを気付かされた。
「やれるぞ、俺達はやれるんだ! 人間を殺せ! 殺せるんだ! 仲間を、家族を、自由を全てを取り返せるんだ!」
殺せる、殺してもいいのだ。
免罪符のようにその言葉が魔族達の心の奥のパズルの欠けた穴をを埋めるようにして、その感情が心の奥で鈍く輝いた。
雄たけびや咆哮と共に魔族達は、人間に襲い掛かる。
本来の魔族は残忍かつ狂暴な性格だ。
ただ今までは、魔術の作用により狂暴性を失っていただけだ。いつだって電源が灯ったままでスイッチが入る準備はできていた。
カチリ、とオフだったものがオンに切り替わる。
油断した兵士達の大半は実戦経験を持たない。それもそのはずだ、脅威となる魔族に襲われることもなければ、最強の王が君臨する国と敵対するような人間達と刃を交えたこともない。それ以前に戦うことなど想定もしていない者も多く、幾度となく修羅場をくぐってきた魔族達を止められるはずもなかった。
戦況は一方的なものになるかと思われた――が。
「戦意を失った兵士は下がれ、ここからは俺達が相手をする」
頼もしい一言と共に王国騎士達が城内からぞろぞろと出現する。
王と同じく魔術を使える王国騎士達は、火や雷、岩、水など無から有を生み出し、それを攻撃の手段として作用させた。
上下左右あらゆる方向から嵐のように魔術が暴れる魔族達に降り注ぐ。
本来の魔族であれば、これだけ膨大な魔力のエネルギーを前にしたら死を覚悟することだろう。
魔力の流れとはエネルギーの塊、それを形にしてぶつけるということは魔族にとってすれば、使用者側の意思によって操作可能な爆弾を投げつけられるようなもの。それは既に発火済みの火薬庫の中に身を投げるようなものであり、集団自殺と同義とも言えるた。
過去に何度かイレギュラーが発生し兵士が犠牲になることはあっても、王国騎士の手によっていつでも被害は最小限に抑えられてきた。
今回は歴史上一つの大きな事件になるだろうが、国を揺るがす悲劇ではない。王奥の歴史はこれからも続くのだ。
騎士達はその時までは、そう考えていた。
「なっ――!?」
先程、頼もしい一声を放った騎士が今度は驚愕の声を発していた。
夜明けの太陽のように周囲を照らしていた魔術による攻撃は、魔族達に届くことなく消滅した。
攻勢に出る魔族達の背後に騎士が気付くまでに、さほど時間はかからなかった。
「どうして、ここに人間が――」
疑問を口にすることなく、異世界の勇者が放った風の刃によって騎士の首と胴体は寸断した。
騎士の出現によりすっかり安心していた兵士達は混乱を起こし、一度は平静を取り戻そうとしていたパニックが再燃したことにより、城は半ば暴動のような騒ぎに発展していた。
人間達の悲鳴を環境音に、魔族達は積年の恨みを、異世界の勇者達は正義感を、いずれにしても暴力という形で実行した。
――異世界の侵略者の進撃は止まらない。
※
城門の周辺を中心に殺戮が繰り広げられている頃、王の待つ部屋に飛び込んだのはザガドとジャック、ガウロン、アマガハラレンと他三名の人間だ。
魔術による攻撃を受けても、他の人間達が庇い反撃してくれたので、ほぼ無傷でここまでやってこれた。しかし何故、ザガド達が最初に王の元までやってくることになったのか、それは魔王による指示によるものだった。
ザガドが手にしたカリブレイドの剣は、王に対する決戦兵器として役立つとの命令だった。戦いを左右される立場に立たされたが託されてきた魔族の希望の剣の持ち主として、例え危険な役割だとしてもザガドに拒む理由はなかった。
到着した玉座は五段ほどの段差を上った場所にあり、王は無感情な眼差しでこちらを見下ろしていた。
丈夫そうな石の壁と天井に守られ、高窓からは温かな陽光が降り注いでいた。
さぞ心地の良い玉座だったのだろう、とザガドは思う。しかし、今は王の周囲に人はいない。全てが出払っているのか、それとも既に逃亡しているのか。
無駄な会話はいらない、余計な会話を増やすと立場を悪くするのは侵略者側だ。余計な会話は隙を生むものだと判断したザガドは既に臨戦態勢に入っていた。
「王よ、お前の命運もここまでだ」
カリブレイドを構え、ザガドは強化スーツの性能をフルに活かし高速で接近した。
「やろうか」
そう呟いた王は何もない空間から剣を出現させると、ザガドの剣を片手で弾いた。剣だけではない、王の剣圧を前にして自分よりも大きな体のザガドを吹き飛ばした。
十数メートル以上後方の壁に叩き付けられたことで、強化スーツ越しだというのに全身に電撃を浴びるような痛みを感じた。
「頼む、援護をしてくれ!」
悲鳴のようなザガドの声を耳にするより早く、その場に集められた精鋭の誰もが返事をする時間すら惜しむように戦闘に参加する。
人間達は異能力を発動させ、エネルギー状の攻撃を放つ。
火、水、雷、などの自然界のエネルギーで攻撃をするスペシャリストを集め、王討伐のメンバーに選んでいた。王は魔術の達人であり、自然のエネルギーを活用する魔術に対しても熟知していた。それなら、三種類の強烈な自然界の魔術エネルギーをぶつければ、対応する際に隙ができるのではないかと勇者との戦いを経験し作戦を立てた魔王は考えたのだ。
それが功を成し、王はそこで顔を歪めた。
右手に剣を持ったままの王は左手を前方に構えると、魔術によるシールドで攻撃を防御した。
「ここで終わらせてやる、俺の憎しみも全て受けてみろ!」
叫びながら変形する武器を剣に変えて、ジャックは王に斬りかかった。
予測していたようなスピードで王はジャックを右手の剣で振り払った。しかし、本来の王であれば一瞬にしてジャックの首は消えていただろうが、ただ弾かれただけに済んだ。それは紛れもなく、王を追い詰めた証明だった。
続いてガウロンが変形する武器を槍に変え、全体重を乗せて突進した。
「仲間達の仇いぃ――!」
左手で魔術をいなしつつ、右手の剣でガウロンへと応戦しようとしていた王だったが思いもよらぬ展開に迷いのなかった右手が止まった。
王に激突する直前でガウロンの武器がさらに変形させ、蜘蛛の手足のように武器が六つに裂けた。手足のようになった刃が王の両手足に絡みついた。
そのまま手足状になった武器の刃は王の肉を貫いた。
顔を歪めた王にガウロンは満足そうに、がはは、と笑った。
「驚いているようだな! これはお前の魔術の加護すら貫通する武器だ! どれだけ偉そうにしてようが、お前はただの人間だ! 俺達、魔族がこの世界で最強の――ぐぅ!」
目の前のガウロンの首がねじ切れた。高速で首の根元が回転し飛び上がるガウロンの顔は、ザガドが今まで見た中で一番降伏そうだった。そして、その目はザガドを捉えていた。
い、け。
ガウロンの遺言を胸に抱き、既に走り出していたザガドは首から上を失いながらも王に飛び付くガウロンの背後に接近した。
死んだガウロンが何故生きているのか、そもそも死んでいるのだ。
これも全て作戦通りで、背後に立つアマガハラレンがガウロンの遺体を操作し、王の動きを拘束しているのだ。これが本来のアマガハラレンの異能力である、死者を操る魔術だ。
視線だけで王はガウロンの肉体を粉々にした、飛び散る血飛沫すらザガドの攻撃を補助する形になった。
「これで、俺達は救われるんだっ!」
既に粉微塵となったガウロンごとカリブレイドを突き刺すザガドに王は体にガウロンの武器が刺さったままだというのにいち早く反応し突きを放つ。
剣先と剣先の衝突に空間が震え、衝撃によって腕から全身にかけて強い痛みが走る。だが、それでもザガドは剣を引くつもりはない。
「俺が繋ぐ、後は頼む!」
王の脇から疾走してくる影はジャックのもので、サーベル状に変形した武器が王に振り下ろされた。
舌打ちをしつつ王はジャックを睨むと、一瞬のうちに粉砕し血と肉の花火のように弾けた。
その一瞬の間に、人間達は全力で魔術を撃ち込む。
「うぅ」
ほんの一瞬、王が半歩足を背後に引いた。
「ああぁ……! そこだ」
カリブレイドに宿る恩恵と憎悪を信じ、王の僅かに逸れた剣先を抜け、ザガドは一歩踏み込んだ。
ジャックが死して、その瞬間まで僅か五秒。その五秒の血飛沫の雨はザガドへ祝福の雨へと変わる。
飛び散る血液により王の視界を隠し、足元を僅かに滑らせ、手元の剣すら鈍らせた。
そして――。
「――よもや、こういう結末か」
そう発した王の左胸には、カリブレイドが突き刺さっていた。
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