第19話 世界を変える戦いの始まり
魔族達が人間達を信頼するのに、さほど時間はかからなかった。
あちらの世界で虐げられていた魔族が、こちらの世界では人間と同等の人権を当然のように持つのだ。当然のように迫害されていた魔族達に、当たり前のように微笑みかける人間達に対して最初は戸惑いはしたものの今となっては遥か昔の出来事のようだった。
何も搾取されることもなく、いずれも侵害されることなく、ただ生きているだけで蔑まれることもない。
ある種の平穏がそこにはあった。
王の攻撃を想定したシュミレーションルームでの訓練を終えたザガドは共に参加していたジャックに声をかけた。
「ジャック、少し話があるんだがいいか」
栄養を濃縮したプロテイン的な役割を持つよく冷えたドリンクのボトルをザガドはジャックに手渡した。
ボトルの容量は2Lはあるが、肉体の大きな魔族からしてみるとこれでも小さいぐらいだった。それでも少量ながら、丸一日分のリザードマン族の活動を補うほどのエネルギーが詰め込まれていた。
「どうしたんだ、何か人間のことで悩みでもあるのか」
「い、いや、それが驚くぐらい不安はない……。いい意味で戸惑っている連中の方が多いぐらいだ」
「もう一ヵ月も経つというのに、まだ迷いがあるのか。王との戦いで足を引っ張らなければいいが」
「それより、ここの人間から元の世界に協力者が居ることを聞いたんだが本当なのか」
舌打ちをしたジャックは、ドリンクを一口飲んだ。
「おしゃべりな奴も居るんだな、きっとザガドが話しやすいから、つい喋っちまうんだろうな。思い出してみろ、外からの部外者である俺がどうして簡単にザガドの村に入ることができたと思う? それも協力者のお陰だ」
「もしかして、女騎士のことか」
口に含んでいたドリンクをジャックは吹き出しそうになった。
「何だ、アイツばらしてやがったのか。口が堅そうに見えたが、やっぱり人間はよく分からないな」
ザガドは慌ててジャックの言葉を途中で話に入った。
「あの女騎士……ルウラから、正体を明かしたわけじゃない。俺の憶測だ。だから、あいつは悪くない。許してやってくれないか」
どうやら少し大げさに悪態をついていたらしいジャックは、ルウラを庇うザガドの姿に今度こそのドリンクを噴き出した。
「はははっ……人間に対してその反応は、いい事だ。少し前からあちら側には協力者がいてな、元々世界の在り方に不満を持っていた連中やこちら側から送り込んだ連中もいる。こっちの世界の連中はすげえよ、異世界の在り方を変えようとしているんだからな」
すごいな、とザガドは心の底から関心していた。
ただ一方的に生きるか死ぬかの戦いを続けていくしかないと考えていたザガドには、そこまでの発想は出てこなかった。何より、王に反抗する意思がそもそも欠落していた。
ザガドの反応にジャックは、何を考えているのか気付いた。
「仕方がないさ、あの世界は王に管理された世界だ。王の強力な魔力によって、俺達魔族は強制的に逆らえないようになっている。……そう不安な顔をするな、何だ言ってなかったか。こちらの世界で複製したあの魔石は、もう一つ意味がある。魔石があれば、王の干渉から身を守ることができる。つまり、あの訳の分からない圧迫感を受けずに済むんだ」
「まだ王の前では使ったことないんだろ。本当に効果があるのか」
「心配性な奴だ、それは宝石を使い異世界へ転移ができたことで証明されている。協力者の中には魔族もいるんだが、そいつは王を目の前にしてこう言ったよ――ただの年寄りのようだった、と」
全身がブルブルと震えるような感覚をザガドは味わった。ここ――クルセイダーに来てから何度か感じた高揚感だった。
「欲しい答えはもらったよ、ジャック。……決行日まで訓練に励むことにするさ」
すっきりした表情のザガドに満足したジャックは、空になったボトルをゴミ箱に捨てた。
※
それから作戦と訓練、宝石の量産、転移する魔族達を味方にしつつ、確実に王を倒すという理想は現実感を帯びてきた。
ザガドがこの世界にやってきてから三ヵ月の時間を経て、王への反抗作戦の決行前日となった。
※
広いドーム状の施設に三百体以上の魔族、それから百人程の人間が集まっていた。
この三ヵ月、それよりも長い間共に過ごしたことのある魔族達は気心知れた人間達と雑談をする者も居た。
彼らの空気感は、共に戦う仲間と呼べるものだった。
その場に居た魔族達は継ぎ接ぎだらけの鎧は装備していない。体に身にまとっているのは、人間達の用意した近代魔術装備だ。
人間達の機関銃を通すことなく、手に持った剣は変形することも可能であり、斧や槍にも変わり、銃の形になることも可能だ。
ただ丈夫な装備という訳ではなく、魔術的な加護が施されたことにより王の持つ強力な勇者の力に対しての耐性も付与されていた。
人間達も魔族達も己の姿形に合わせた装備で、今か今かと開戦の時を待っていた。
集まったメンバーの中には、無論ザガドやジャック、すっかり本来の肉体を取り戻したトルカやケンシ達も居た。
あれだけ警戒心の強かったザガドも人間の戦士達と歓談をする仲になっていた。それは他の仲間達も同じようで、ここでは誰一人として差別も闘争もなかった。
「ザガド」
互いの無事を祈り、人間の仲間と肩を叩き合い別れたばかりのザガドの名前を呼んだのはジャックだった。
気恥ずかしそうにザガドは自分の頬を掻いた。
「恥ずかしいところを見られちまったな……」
「そうでもないさ、お前と同じように人間達を認めている奴は大勢いる。それに背中を預ける仲間同士なんだ、これぐらいは普通だろ」
正面からそう言われると、照れ隠しのように目を逸らした。
「なあ、最後になるかもしれないから、ここだけの話を聞いてくれるか」
「改まってどうした」
「俺さ、リザードマン族の中でもかない浮いていたんだ。本来のリザードマン族は仲間の生き死にはさほど興味はないし、戦場で死ぬことはある種の誇りのようだったんだ。ジャックなら分かるだろ」
過去を思い出しているのか、ジャックは遠くを見ながら、まあなと頷いた。
「それが俺は嫌だったんだ。戦場で顔を知った奴が死ぬのは悲しいし、できれば死んでほしくない。ずっと親父が死ぬまで逆らい続けて、馬鹿にされることも多かったし反抗されることもあったが気付くと慕ってくれる奴らも現れた。……そんな俺からしてみたら、クルセイダーは探し求めていた場所だと気づいたんだ」
「はは、そこまで言うのか」
朗らかに笑うジャックの姿にザガドは眩しいものを見た気がした。この男も憎しみを背負った存在だったことを知ったからこそ、こうして自然に笑えるその姿に希望を感じた。
「ここに俺や死んでいった仲間達の家族を招きたい。争いもない飢えもない、理不尽に奪われることもない楽園を作りたいんだ」
夢を語るなどリザードマン族の感覚で語れば半ば笑い話のようなものだ。しかし、今のザガドは理想を語ることに羞恥心はなかった。何故なら、この場に居る種族間の垣根を超えた者達は、それと同質の夢を語り合っていたからだ。
「その意気だ、必ず楽園を作ろう」
互いに拳を合わせた。これも人間達とのコミュニケーションで覚えたものだったが、ザガドとジャックはこの人間臭さを互いに心地よく思えた。
※
ザガドとジャックが会話を終え、それから五分ほど経過した時だった――。
「――諸君、よく集まってくれた」
よく通る男の声がした、それはクルセイダーの実質的なトップの声だ。
人間達が口々に言う、リーダーだ、勇者長だ、指導者だ、救世主だ、と。誰しも違う呼び方をするが、強烈なカリスマ性を持ったその人物は呼び方にこだわらなかった。ある種それは、誰もいが欲していた縋りたいと思っていたい存在に自在に成り代われることを意味していた。
ザガドはまだ会ったことはなかったが、魔族の古参メンバーは、その男の声を魔術王と呼ぶ者も居た。
果たして、これだけの組織をまとめ上げる救世主とはどういう存在なのだろうかと、中央の扉の中から現れた男を凝視する。
「は――」
硬直した、その男と目の前で相対したことはザガドの記憶にはない。ただし、直感でその男の正体が理解できた。
どれだけ言葉を並べても、その男はどういう存在でどういう出生なのかが肌感覚で感じ取れた。
誰が呟いた。
「――魔王だ」
どういうことだ、どうしてそこにいる、死んだのではなかったのか、その場に居る者達の疑問がザガドには手に取るように知ることができた。だが、誰も口にすることはできない。
絶対に現世で目にすることはできない、魔族達が唯一崇める存在が目の前に現れたのだ。
神々しさと威圧感を前に、疑問は些細なものに思えたのだ。
魔族達の反応に気分を良くしたように、魔王はにやりと笑う。
「俺の顔を知っている者達もいるようだな。そうだ、隠すつもりはない、魔族よ……俺がお前達のよく知る魔王だ」
外見上は魔王はどこにでもいる人間だった。
外見年齢は三十前後、身長は百八十の長身、銀色に近い白髪、肌は恐ろしく白いのは全身を覆う魔力により外気の物質を肌に触れさせないからだ。
口を開くと、その吐息に抑えられない魔力が混じり、魔族達の肌から内臓に純度の濃い魔力が熱湯のように流れ込んだ。
「俺は勇者、いや今は王か。……王との戦いに敗れたことになっているが、事実は中途半端な形で終わっている。必殺とも呼べる互いの攻撃の余波により偶発的にこの世界の扉を開いてしまった。望んでこんな場所まで来るつもりはなかったが、結果的にこの世界で俺は存在することになった」
魔王は血のような赤いスーツを着ており、腕時計や革靴を着こなしているところからかなり長期間人間の文化に触れていることが分かった。
背中に両手を回した魔王は、つかつかと足音を立てながら、全員の視線が集中する前方を舞台の演者のように歩いて往復する。
「転移直後は完全に俺から魔力は消え、数年後に肉体は次第に人間へと変化した。今思うと、この地の微細な魔力が俺に影響を与えたかもしれんな。それから俺は必死に人間しか存在しないこの世界に順応する為に学び行動し結果を出し、仲間を増やした。……ある程度の財力を持つようになってから、俺は王へ復讐をするために元の世界へと帰還をする研究を始めた」
前方の方に立っていたウェアウルフ族のガウロンの肩に魔王が労うように手を置いた。
あのガウロンも緊張するようで、いつもの頼もしい兄貴分としての顔は失せ、とろけた表情をしていた。
「研究をしていると、この世界での超常的な現象も耳に入った。特殊な能力を持つ人間の出現だ。興味を持った俺はその人間達の調査を行い、彼らがこちら側と同質の魔力を保有していることに気付いた。そこで俺はある仮説を立てた――俺達の世界に出現した勇者は、元々はこちら側の人間ではなかったのだろうか、と」
種族関係なくざわつく者達も居たが、ザガドはさほど驚くことはなかった。何度か勇者と剣を交えると、彼らがこちら側の魔力を宿していことは薄々感じ取れていた。
「あの王は何らかの手段を利用して、俺達の世界へ転移した。だから俺は研究に研究を重ね、試作品とも呼べる例の魔石ワールドダイトを作り実験をした。だが、その時は失敗だった」
宝石の名称であるワールドダイトを始めて聞き、ザガドは自分の首に下がる宝石に触れた。
魔王は、しかし、と言葉を続けた。
「さすがは勇者と呼ぶべきかあちらの王は、こちらから干渉していることに気付いた。そして王は人知れず調査し、この世界に自分に匹敵する勇者の卵達の存在に気付いた。そこからは、お前達の方が詳しいだろう」
王の保身の為に兵隊として酷使された魔族達に憐れみにも似た眼差しを魔王は送る。
その視線に対して、魔王と再会した高揚感は失せ、過去の戦いを思い出したことで表情に影を落とした。
静まり返った空間で、魔王は「さて!」と空気を変えるような大きな声を発した。
「今まではただやられるだけだったが、それもこれで終わりだ。今から王国の城に直接転移をする。そして、王を、勇者を討つ」
魔王の口から聞かされたことで、ザガドは生唾を飲み込んだ。いよいよだ、と鼓動が速くなる。
「虐げられていた過去はここで終わり、新たな歴史は始まるのだ! これは改革であると同時に、世界の救済なのだ! いいな魔族達よ、そして、無意味に同胞を殺され続けてきた人間達よ! これは聖戦だ!」
人間達も魔族達も、真っすぐとした眼差しで中央の魔王の姿に集中していた。
両手を広げ、魔王は高らかに演説を続ける。
「俺は魔王だ、この世界の創作でいつでも悪の王だ。だが、実際はどうだ。本来の魔族は争うことを拒み、人間達はそんな彼らを虐げている。いいやそれだけではない、世界は違えど同じ人間ですら自分の手を汚すことなく殺害させている。これでは戦争でも、他者を守るための戦いですらない。ただの王の傲慢さと自己保身の成れの果てだ! この憎悪の連鎖は、全てあの世界の王に集約される! そう、根源の悪こそあの王なのだ!」
魔王は両手を掲げた。その手には、拳ほどの大きさのワールドダイトが握られていた。
「さあ行くぞ、二つの世界の戦士達よ! 出会いは悲劇なれど、これより続く戦いは祝祭となろう! 絶望を乗り越えた戦士達は異世界を超え、世界を救う為に選ばれた輝く救世主となるのだ!」
堂々とした魔王の演説を前に、高まりつつあった興奮は増幅し空間は熱気と興奮に包まれていた。
歓声を満足そうに浴びながら、魔王の手にした宝石は輝きを放出し始めた。
溢れ出る魔力の粒子は既知の奇跡だ。
――転移の光だ。
※
光に包まれていく中で、ザガドは最後に魔王の姿を目にした。
魔王は大勢いる魔族の中で、何故かザガドの方を真っ直ぐに見つめていた。
――お前が、魔族の救世の神になるのだ。
魔王が魔族の言葉ではっきりとそう口にした。
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