第21話 呪いの終わり/創世
両者に犠牲を多く出しながらも、この世界の人間と魔族の争いは終わった。
カリブレイドに胸を貫かれた王は目を見開いたままで死んでいた。
次第に人間の血肉に触れることすら拒む剣の特性が現れたようで、王の肉体は空気に溶けるように消滅した。
ただザガドには釈然としないものがあった。最期の王の表情は、後悔や恨みの感情よりも驚きの感情が強く出ているように思えたからだ。どうして、何故、そんな感情が屍すら残すことなく消滅した王が問いかけていたような気がした。
「ご苦労様です、ザガド。私の念話で、仲間達に王が死んだことを伝えました。この城、いえ、この国ももうじき陥落することでしょう」
仲間達の援護に向かったのか協力をした他の人間達の姿はなく、その場にはアマガハラレンとザガドだけが残されていた。
そこでザガドは初めて気付いた。
アマガハラレンの背後に三つの肉塊が転がっている。どうやら、死の間際に王は魔術による攻撃を行っていた三人を殺害していたらしい。
あのまま戦いが長引いていら、確実に敗北していたのはこちらだと気づき、ザガドの背筋にぶるりと寒気が走った。
「これで、俺達の戦いは終わったんだよな」
「はい、終わりです。まるで生まれ変わったようでしょう」
珍しく大げさな言い方をするアマガハラレンにザガドは苦笑する。
「生まれ変わった……。確かに言われてみると、そんな気がするが」
半分冗談のようにザガドは玉座の壁に飾られた近くの鏡を何気なく覗き込む。王を殺した魔族はどんな顔をしているのだろう、照れくさくも自分を誇るような気持ちで鏡面を眺めたつもりだった。
「な」
喉のどこから出たのかも分からないおかしな声がザガドの口から出た。
最初に装着した装備はリザードマン族に合わせた独特のフォルムデザインをしていたはずだ。それなのに――。
「う、嘘だろ……」
装備をすぐに解除し、自分の顔”だった”はずの場所をザガドは触れた。
「どうして、俺はこんな姿になっちまったんだ」
肌の質感は柔らかなものに変わり、口周りには僅かに髭が生え、頭からは緑色の短髪の髪が伸びていた。
「――これじゃまるで、人間だ」
ザガドの姿は人間に変わっていた。
鏡の前には三十歳前半程度の男が、カリブレイドを手にした姿が映っていた。鏡の中の男は酷く疲れた顔をしており、信じられない”自分”を凝視していた。
「魔王様と同じになったのですよ」
鏡の影から飄々とアマガハラレンが覗き込む。
「魔王様が語っていた、人間の世界に触れたことで変質したというやつか……」
「覚えていて良かったです。魔族はそもそも魔素の影響を受けやすい存在。あれだけ人間の救世主達の魔力の満ちた空間に居れば、こうなることも目に見えていたでしょう」
他人事のような言い方に頭に血が上ったザガドはアマガハラレンの胸倉を掴んだ。
「分かっていたなら、どうして言わなかった! 俺はこれからどうやって家族や仲間達に会えばいい!?」
こういう反応をすることすら分かっていたように、冷静な様子でアマガハラレンはザガドの左手に手を置いた。
「言う必要がないでしょう、これから人間の世界に家族や仲間を連れて来るつもりなら、魔素による浄化作用によりいずれは人間に変化することになる。むしろ、貴方のその姿を目にしたら説明をする手間も省けます」
「手間とか過程の問題ではないだろ、魔族としての誇りを持って戦い続けた俺達の気持ちはどうなる! 魔族から人間になっちまったら、王に虐げられていた時と変わらないだろ!? 俺達は魔族のままで、人間に勝利したかった!」
アマガハラレンは気だるそうに溜め息を吐いた。
「いいえ変わります。人間として生きられるのです。もう差別される必要はない、同じ同一の種族として生きられるのです」
どこか遠くの方で悲鳴のような声が聞こえた。それは人間のものではない、魔族の発したものだとザガドは気付いた。
今頃、人間達を虐殺していた魔族が同じ人間に変わり、状況を理解した魔族達は混乱しつつもこちら側の人間達を攻撃し始めるだろう。外見が人間だとしても、中身が魔族ならきっとそういう発想になる。
ザガドはこの先に待つ昏い未来を想像すると、アマガハラレンの胸倉を掴んでいた手から力が抜けた。
「人間は、どこまで愚かなんだ」
蔑むような眼差しでアマガハラレンがザガドを見ていた。
「愚かなのは魔族も同じでしょう。下手なプライドにこだわらなければ、こういう事態にもならなかった。人間だ魔族だと考えるから、余計な争い事が起こるのです。安心してください、約束は守ります。そろそろ魔王様も到着する頃でしょう、これからはクルセイダーと魔王様で、貴方達魔族のことは必ずお守りしますので」
背を向けてアマガハラレンは歩き出す。
強化スーツを装備しているとはいえ、その小さな体はいとも容易く壊れてしまいそうだ。
その華奢な背中に対して、ザガドは罵声を浴びせたい気持ちになる。
あれだけ人間から見下されていた魔族が、人間の姿になった者達を簡単に受け入れてくれるはずがない。少し考えれば、第二、第三の争いが起こることも分かるはずだ。
そこまで考えて、ザガドははっと気づいた。
いいや、そんなことは最初から分かっていたに決まっている。この世界の者達を争わせて、永遠に終わることのない戦争を起こし続ける。世界中で争いが起こった結果、この世界に残るのは誰だ? 人間か? 魔族か? 違う、もう一つの世界の連中だ。彼らが新たにこの世界に君臨するんだ。
支配者が変わるだけで、永遠に平和や楽園なんてやってこないのだ。
最後に待つのは絶望の未来、それなら、今の俺にできることは何かあるのか。
この俺ができる、最も最良な結果はなんだ。
「――は?」
そう考えると同時に、目の前のアマガハラレンの首から上が消えていた。
何があった、敵か、そう声を出そうとしても、ザガドは発声することはできなかった。
――どの口が言っているんだ。
誰かがザガドに言った。
そう、この場所にはアマガハラレンとザガドしか居ない。
ザガドの手にしたカリブレイドが、目の前の少女の首を刎ねた。
※
俺は、しばらくその光景を呆然と眺めていた。
アマガハラレンを殺した。
悲しみはない、奴は同胞ではない。それどころか、世界を蝕む敵である。
カリブレイドに俺の顔が映る。
人間の顔だ。
じゃあ、俺は何だ。
魔族でありながら人間だ。
――おい、ザガド。
誰かの声がして、その姿を探す。
「何だ、そこに居たのか」
鏡の中のノヴァクが話しかけた。
――もう楽になってもいいんじゃないか。
「死ねということか」
鏡の中のノヴァクは驚くほど落ち着いた様子で会話を続けた。
――死ぬにはまだ早い、言葉通りの意味だ。そのままカリブレイドに全てを委ねろ。もう難しく考える必要は無い。俺達は魔族だ、魔族ならやるべきことは決まっているだろ。それに、お前は既に事を成した。
ノヴァクの目がぎょろりと動き、屍になったアマガハラレンを捉えた。
――カリブレイドと一つになったことで、俺は気付いたんだ。この剣は、世界を一つにする為の剣だ。お前はこの剣で、みんなを守るんだ。
「どうすればいい」
――簡単な話だ。人間を全て殺せ、魔族から人間に変化した連中も同じだ。一人残らず殺し尽くせ。全てが終わった後に、ご褒美が待っているぞ。お前も死ね。
愉快そうに自殺を進めるノヴァクにザガドは頭を振った。
「よせ、ノヴァクはそんなことを言わない」
――言うに決まっているだろ。いつまで甘い理想の世界を求めるつもりだ。現実を考えろ、今のお前は人間だろ。魔族でもない、人間でもない、ただ殺し続けるだけの怪物だ。それとも、こう言った方がいいか。――ニンゲンらしく生きろ。
「やめろっ――!」
――アハハハハハハハハ。
感情のままに目の前の鏡を切り裂いた。粉々にガラスが砕け――思考が停止した。
ガラスを砕いたと思っていたが、目の前には肉体をバラバラにされた人間の遺体が転がっていた。周囲を見回せば、人間達が動揺しこちらに武器を構えていることに気付いた。
「や、やめろ、俺は殺すつもりは……」
「人殺しめ! よくも、仲間を殺したな!」
トルカの声がして顔を上げると、大柄の人間の男が立っていた。そうか、トルカも人間になってしまったのか。
かわいそうに。
そう考えると同時に、目の前でトルカだった男は真っ二つに切り裂かれた。違う、”俺が”切り裂いたのだ。
クルセイダーの者達が、悲鳴や絶叫を発しているのが分かる。
カリブレイドの波紋は切り裂いた人間の血を吸うこともなく、弾いて流れ落ちた。
剣の刃に、ノヴァクや過去の剣の所有者だった者達の顔が浮かんだ。皆、心の底から愉快そうな顔をしていた。
――お前は、俺達の英雄だ。
そう声を発したノヴァクの顔は、次に切り裂いた人間の血で見えなくなった。
「誰か、教えてくれ。俺は、何者なんだ」
※
王国中の人間を全てを殺し尽くした後、一切血の付着しない剣を手にしたザガドが街の外に出た。
外には大勢の人間達が居た。
逃げた連中が近隣の諸国に助けを求めたのだろう、と僅かに残った思考力でザガドは考えた。
「お前らも、俺を殺そうとするのか。……そうか、人間はそういう生き物だったよな。敵が死ねば、次の敵を求める。なあ教えてくれよ、俺達とお前達にどういう違いがあるんだ。野蛮で、狂暴で、極悪で、凶悪で、狡猾で、お前らと俺達に最初から違いなんてなかったんじゃないのか! 全てを殺せば、真実を……楽園に辿り着けるのかっ!?」
もう、楽園も平穏もいらない。
命なんてどうでもいい。
せめて最期が選べるなら、故郷で終わらせてほしい。
そう願うザガドが目にした次の光景は、カリブレイドによって惨殺された人間の姿だった。
※
それから数百年をかけて、この世界から人間が全て消えた。
人間でありながら人間を殺し続けた男は、魔族達からこの世界唯一のニンゲン神だと賞賛された。
この世界で真の人間は彼だけだと。
自我を無くし、姿を失い、全てを失った男は、その剣で己の胸を貫いた。
人類を最も多く惨殺し、人間となった魔族を数えきれないほど殺し、全てを計画した魔王も殺し、最後の人間になった男は最期の瞬間だけ笑っていたという。
その笑顔が、どういう意味を持っていたのか知る者はいない。
男が消滅した後そこに一本の剣が残されたが、その剣は役目を終えたかのように跡形もなく消え去った。
この世界で、その剣が生まれることは二度となかったという――。
完
逢ウ魔物ガ時~勇者が仕掛けたデスゲーム~ 構部季士 @ki-mio
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