逢ウ魔物ガ時~勇者が仕掛けたデスゲーム~
孝部樹士
第1話 野花のような平和
過去の話、この世界の魔王は勇者に退治された。
突然現れた勇者の旅は生半可なものではなく、困難と挫折にまみれた冒険の日々だった。
そう、彼は最初から勇者と呼ばれる存在ではない。
大勢の仲間の屍を乗り越え、数え切れぬほどの魔族を殺して、最後は魔王を殺害した結果――勇者と呼ばれるようになった少年だった。
少年は魔族と人間の土地の間に絶対的な境界線を作り、魔族は二度と侵攻または人間に対しての暴力行為を禁じ、人間側への半永久的な資源の供給を命じた。
もしこれを破れば、すぐに勇者の報復があることを条件に出されれば、魔族達も受け入れるしかなかった。
その時に生き残った魔族達に勇者から二度と反抗できないように呪いのような魔術を施されている。一人で大勢の魔族を殺害してきた勇者から呪いを受けたとなれば反抗する気力すら出てこない。それなら、素直に従った方がずっと幸福に生きられる。
命乞いをする魔族を老若男女問わず容赦なく殺し続けた勇者は、まともな存在ではないのだから。
勇者は人間の土地で最も大きな国の王様となり、人間達を支配し国を平定した。
種族間の立場は弱いものの逆らわなければ害が無いことに気付き、魔族達は約束通り勇者の決まり事を守ることにした。
それから四十年、今もなお平和は続いてる。
※
そこは人間の境界から離れた小さな村だった。
山々に囲まれた盆地で寒い時期は辛いこともあるが外敵に晒される心配は少なく、上手に飢えや寒さを凌げれば過ごしやすい土地だった。
魔物の土地では珍しく、この村は僅かな時期だけ雪が降る。魔物と人間が美しさを共有するようで、それが彼には非常に嬉しいことだった。
彼は全身緑色の肌に包まれ、二メートルを超える長身のオークだった。
上半身は服を着ておらず、頑丈そうな筋肉がある種の服装のようだった。腰に巻いた動物の毛皮をズボンのように着こなしていた。
肩に猪のような魔物の屍を背負った男のオークを山菜を手にした女が笑顔で迎えた。
「お帰りなさい、ノヴァク」
彼の名前はノヴァクと言った。今年六十歳になるが、この村では若者だ。
オークは人間のおよそ三倍~四倍の年齢を生きる。そのため、オークからしてみたら人生の四分の一程度ならまだまだ若者の枠組みに入ることになる。
四十年前の勇者との戦争では、まだ子供のようなもので戦いに参加はできなかった。両親を失い後悔を感じることもあたが、今はこうして愛する妻との日々に生きる意味を見出していた。
「ただいま、ルキヤ」
妻ルキアは紫色の長髪を揺らしてノヴァクの側にゆっくり近づいてくる。
見下ろす妻ルキアは身長百七十五センチ前後、オーク族の中では小柄な方になり愛らしい体型をしていた。
「わあ、凄い! ケルノムント捕まえられた!」
歓声を上げるルキヤに誇らしくなったノヴァクは、肩に抱えた魔物ケルムントを見せびらかすように前に出した。
「ああ、しかもメスでよく肥えているぞ。今日はごちそうだな」
「これなら干し肉も作れそうね! きっと子供達も喜ぶわっ」
すぐに振り返り家に向かって駆け出すルキヤは何歳になっても少女のようだった。
※
その日の晩、長女のオリヴァと次男のキリア、それからノヴァクの義理の母親でありルキヤの実母であるルンドを含めた家族五人で食卓を囲んだ。
刺激を与えると光り輝く魔石をテーブルを囲むようにして、オーク族が座っても壊れることのない各々の体の大きさに合わせた石製の椅子に座った。
全員で手を合わせて食事をする。
これは四十年前の勇者との争いの後、人間達から伝わった文化だ。それまでは食料に感謝して食事をするといった発想はなく、冗談半分で一部の魔族が真似をしたのが始まりだ。
人間は傲慢で姑息なだけでなく魔族を見下す人間は嫌いだが、勇者が広めた食事に感謝をするこの文化だけは良いものだとノヴァクは思った。
食事をする前から涎を垂らしていた子供達は待ちきれないとばかりに食事を開始した。
「旨いか?」
ノヴァクがキリアに問いかけた。
「うん! 凄く美味しいよ! 僕もお父さんみたいに魔獣捕まえられるようになるかな……」
早く家の手伝いをしたいらしいキリアの頭をノヴァクは撫でた。
「キリアは昔の俺にそっくりだよ。だから安心していい、父さんの息子であるキリアは間違いなく将来は大きくて強い男になるよ。きっと俺よりもずっと強くて逞しくて優しい男になるさ」
「そうなれたら、嬉しいなー」
「あーキリアばっかり褒められてずるーい! 私も褒めてよ! 私も!」
唇を尖らせるオリヴァは相変わらず甘えん坊らしい。
ノヴァクはルキヤと目を合わせて微笑み合うとキリアの頭を撫でてやった。
「えへへ」
望み通り撫でられたことで幸福そうな表情のオリヴァとノヴァクの姿を、愛おしそうにルンドは眺めていた。
これがノヴァクの家族の幸せな毎日であり、この世界を愛する理由だった。
ずっと続けばいい、欲を言うつもりはない。
ただこういうありふれた日々がありふれたもののままであることを願い続けた。
だが――花瓶に水を与えるような小さな願いは、あっさりと崩れることとなる。
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