第2話 凶兆

 朝食後、家の前でいつものようにノヴァクは狩りの準備をしていた。

 その日はあまり陽の光が届かない、どこかどんよりとした天気だった。魔族達の住む土地そのものはあまり陽の光が届きにくいが、今日はいつも以上に霧がかかったように感じられた。稀に大気中に漂う魔術を使用する際に必要になる魔力の元、魔素が濁るとこういう事が起こるのだと父が言っていた。


 その時、聞き覚えのあるバタバタとした足音が背後から近づいてきた。


 「――大変だ、ノヴァク!」


 振り返ると同じ村のトルカがそこに立っていた。

 年下ではあるものの、ノヴァクに比べると横に大きな体型のトルカは力自慢で有名だったが、村の片思いの異性に何年もアプローチの一つもできないでいた。それでも気のいい奴は周知の事実なので、村人は不器用なトルカを温かく見守っている。


 「どうした、酷い汗だぞ」


 「そ、そんなことどうだっていいんだよ! ま、またあいつらが……人間達がこの村に来るんだ……!」


 人間、という言葉にノヴァクは無意識に立ち上がった。

 人間達の来訪はいつでも凶兆だった。


 「冗談ではないんだな」


 「こんな冗談言うもんかよ! 他の村や集落にもやってきているらしいぞ!」


 「侵攻や虐殺をしている訳ではないのだな」


 「そうらしい……。一応、魔族を殺しているような話は聞いていない。ただし、王が訪問理由を他の村には広めないように口止めしているらしい」


 早口で喋るもので危うく聞き逃しそうになる。

 王様とは元勇者だ、この単語は魔族からしてみたら一種の災害のようなものだ。


 「王は、何を考えている。いきなりやってこられても、混乱の元になるだけだろ」


 「今さらだろ、ノヴァク。人間達はいつだってこっちの都合を考えちゃくれないさ。……当然のことだが、王が口止めを命令しているなら、魔族は誰も口外することはできない……」



 魔族と人間の争いを終息させたところまでは良かった。だが、それからのやり方は苛烈そのものだった。

 魔王を倒されたことに加えて人間の命令に反抗的だった連中が反逆を企てたことがあった。しかし作戦を実行する前にいち早くその連中の動きを察知した王様によって実行犯は全てその場で処刑された。それだけではない、彼らの居住地だった村や集落も一人残らず殲滅された。

 一晩でおよそ千三百の魔族を殺した王は言った。


 ――反抗的な魔族は一匹残らず駆逐する。


 短い一言だったが、人間達は歓喜に沸き、魔族達は絶句した。

 匹、と自分達を数えた。それは人間ではない下位の生物に対しての数え方だ。その時、呼吸をするように魔族を殺せる王が自分達を家畜程度にしか考えてないことを理解した。


 以降、魔族の中では暗黙の了解として人間の王を怒らせるような行動や発言は禁忌となった。何よりも王の前に相対した時点で、人間に逆らうことができない呪いを前に成す術もなかった。

 王に逆らうから、そういう結果になるのだとノヴァクは心の中で毒づいていた。そして今回も素直に人間達に従えば、きっとどうにかなるだろうと既に白旗を掲げた敗北者の気持ちで王の来訪を待った。

 

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