第13話 決着と犠牲
耳を塞ぎたくなるような骨と肉が激突する音と激しい土煙。
空では逃げ出したと思っていたハーピィ族の二人が見下ろしていた。
そうか、とザガドは瞬時に理解した。
同じく逃げ出したと思っていたトルカは戦士の誇りを捨て、ハーピィ族に協力を申し込んだのだ。そして、ここぞというタイミングでハーピィ族に体を持ち上げてもらい、空から降下してカンバヤシハルトに奇襲をかけた。だが、短気で狂暴なハーピィ族に取引をするというのは、かなり危険な賭けになる。一切戦闘に関わらないこの状況なら戦士の矜持など持ち合わせていないハーピィ族には、見下していたオーク族に頼まれるというのはさぞ気分の良い取引だっただろう。実際のところ、安全圏から攻撃できるという条件があったからこそなのだろうが。
さすがはノヴァクの友人だ、とザガドはトルカに賞賛を送りたい気持ちになったが、そこまで悠長に構えていられる状況ではない。やることは決まっていた。
――や、れ。
両足の付け根から先を血まみれの肉片にしたトルカの声がザガドの耳に届いた。
既にその時には駆け出し、砕かれたアスファルトの上で膝をつき頭から血を流すカンバヤシハルトにサーベルを振り上げていた。
「お、まえら……」
それでもカンバヤシハルトの目は死んでいなかった。
まともな人間ならトルカの決死の攻撃で、頭蓋骨どころか胴体も粉砕しているはずだ。そこまでのダメージを負わせているのに、頭から血を流す程度で収まっていた。あれだけのダメージが少々高いところから落ちたレベルということに驚愕した。
恐ろしい生命力だが、赤い血を流す人間だと判明したことは朗報だった。
「死ねぇ!」
渾身の一振りを無防備な首元にザガドは振り下ろした。だが、何か魔法でも施していたのかカンバヤシハルトの皮膚はサーベルの刃を通すことはない。
がむしゃらに二度、三度サーベルを叩き付けるように振り落としたが、逆にサーベルの刃が刃こぼれを起こした。
「はははぁ……万策尽きたな」
ザガドの足元でカンバヤシハルトが勝ち誇ったように笑っていた。
舌打ちをしたザガドはサーベルを投げ捨てると、今度は両手から生えた鋭い爪を構えた。
「待て、ザガド。そのままだとお前の腕がやられる! その腕は無駄に壊れていいものじゃない、これを使え!」
頼もしいノヴァクの声を耳に、生存を喜ぶよりも先に投げるように宙を舞う武器をザガドは掴んだ。その武器は――人間殺しの剣カリブレイド。
どうして、ここに剣があるのか、持ち主のノヴァクはどうしているのか。そんな疑問は、生き残ってから悩めばいい。今ザガドにとって重要なのは、カンバヤシハルトを殺せる武器が己の手の中にあるという事実だけだ。
「どうして、それが……あいつは、もう――」
「――仲間達の仇だ」
驚愕するカンバヤシハルトに剣を振り下ろすと、今までの悪戦苦闘が嘘のようにすぱっと目の前の少年が生きることを否定するように首と胴体が切断された。
※
殺した、これで全てが終わる。
標的を始末したというのに安堵するよりも、今まで感じたことがないほど全身に鉛を背負ったような重苦しい気持ちになっていた。
首と胴体が手足になったカンバヤシハルトの切り口から、互いに離れた肉体の部位に浴びせるようにして血飛沫が上がっていた。しばらく断面から血が流れ続け、ザガドの足元が埋まるほど充分な血だまりが生まれた。
視界に影が生まれ、ハーピィ族がカンバヤシハルトの遺体に近くに降り立った。
まさかと嫌な予感を感じるザガドの前で、考えていた通りの下種な発想でハーピィ族はカンバヤシハルトの遺体をついばみ始めた。
頭を爪で破り脳を啜り、残された胴体を簡単に切り分けると大口を開けて喰らう。
「お前らに感謝する必要はなさそうだな」
魔族として恥ずかしくなるような光景を前に、手にしたカリブレイドの剣は跳ねた血液を弾いていた。
「殺した人間の返り血すら拒むのか」
呆然としていたザガドの頭の中に声が響いた。
――見事だ、戦士達よ。これより帰還を行う。
聞くだけで悪寒を覚える王の声の後、再びこちら側の世界に転移した時と同じような魔力の光にザガドは包まれた。
そのまま脱力感に身を委ねそうになったところで、ザガドははっとした。
「ノヴァク! トルカ!」
もう土煙は晴れている。
周囲を探すと惨殺されているカンバヤシハルトから少し離れた場所で、トルカが辛うじて息をしていた。
トルカは両足で着地しようとしたのか膝から下は血にまみれて骨が肉から飛び出し砕けていた。だが、瞳は緩慢ながら動き呼吸もしている様子だった。
「トルカ、良かった無事なのか」
駆け寄る気配に気づいたトルカは、か細い声でザガドの名前を呼んだ。
「俺の事はいい……。時間がない、話を聞いてくれ。……ノヴァクは死んだ」
「死んだなんて、嘘を言うな。このカリブレイドはノヴァクから直接受け取ったんだぞ」
あぁ、とどこか遠くを見つめながらトルカは息を吐いた。
「それは、ノヴァクの最期の言葉だったんだろ。お前にカリブレイドを託す直前、ノヴァクはその剣に肉体を喰われた。俺はそれを目の前で目撃した」
「う、嘘を言うな……」
「嘘ならもっと楽しくなる嘘を言うさ。ノヴァクがこの場に居ないのがその証拠だ」
危機的状況で出来た頼もしい戦友であり友人の姿をザガドは探した。もちろん、ザガドほどの戦士なら周囲にノヴァクの気配を全く感じないことには早くに気付いていた。だが、現実を直視しないようにしていたのだ。
もう間もなくで転移が始まることを感じたトルカは、狼狽えるザガドを無視して話を再開した。
「カリブレイドは……ザガド、お前に託す。これはオーク族の総意だと思ってほしい。あの状況だから仕方なくじゃない、お前だから任せたんだ。それを、忘れるな」
そこまで言い終わると、まるで突然夜にでもなったかのように視界が暗転した。
――転移が始まったのだ。
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