第4話 魔族達の異世界転移デスゲーム開始
翌日の正午過ぎ。
オークの村はいつもとは違う殺伐とした雰囲気に包まれていた。
五人の選ばれたオークの戦士達はそれぞれの好物で昼食を終え、出来得る限りの魔術的な装飾品を全身に装備した。
かつての勇者との戦いに備えて魔力を練り込んだ装備品を身に着けた戦士達の表情にも自然と自信が出ているようだった。
それはノヴァクも同じようなもので、気は抜けないが腰の人間殺しの剣カリブレイドの存在が折れそうな心を支えていた。昨晩あれだけルンドが期待を持たせた剣なら、少なからず頼もしさも感じる。
今日の朝、ノヴァクは家族達とは別れを済ませてきた。
ただし子供達にはあくまでいつもの狩りに出かけるような気軽さで接することにした。
例えここで死んだとしても、いや死ぬかもしれないからこそ、弱音を吐く父の姿を子供達には見せたくはなかった。それはノヴァクの両親が勇者との戦いに赴く際、彼の記憶に遺した勇敢な姿でもあった。
いずれも神妙な面持ちで魔法陣の上に乗る選ばれたオークの戦士。
魔法陣に立つ彼らに互いの身内や恋人が激励の言葉を送る。
「トルカ! 必ず生きて帰って来るのよ!」
トルカの幼馴染であるリササが彼の名前を涙ながらに呼んでいた。
「当たり前だ! 必ず生きて帰る! 王から報酬を貰って、幸せに暮らそう!」
どうやらトルカはこの土壇場で想いを遂げられたらしい。
あの自信なさそうだったトルカが、ここまで頼もしいことを言うのだと付き合いの長いノヴァクでも驚くような出来事だった。
「お父さん!」
忘れるはずがない声、自分の子供の声を聞き間違えるはずがない。
振り返ったノヴァクの視線の先は、あの穏やかな日々を与えてくれた家族の姿があった。
このくだらない魔法陣から一歩踏み出したら幸福な日々を死の瞬間まで享受できる、ふとそんな弱い自分が囁きかけていることに気付いた。
「みんな、必ず俺は帰ってくるぞ! 必ずな!」
宣言するように他のオーク達も魔法陣の内側から愛すべき者達に叫び続けた。
胸に下げた濃ゆい色をしたルビーのような魔石が輝きだし、続いて魔法陣が発光を始めると、ものの数秒もしない内に視界は白く染まり魔力にオーク達は飲み込まれた。
※
――これからお前達に、標的である人間の顔と名前を記憶させる。
既にオーク達の視界は何も映すことはない。そんな中で魔力の粒子に溶けながら、王から頭に標的の情報が流れ込んでくる。
こんなことも魔術で叶うのか、とその場のオーク達は王の底の見えない実力に驚愕した。
頭の奥に焼き付くように、破壊者のイメージがオークの戦士達の脳にインプットされた。
――カンバヤシ ハルト。
それは、まだ若い人間の男の姿だった。
※
オーク族はさほど魔術には詳しくない。こうした魔術の力を利用して、どこか別の場所に行くというのは初めての経験だった。
平衡感覚を全て狂わされるような不安定な筒状の空間を水の流れのように流されていく。
入り口は知っているが出口も分からない不安感を苛まれながら、ようやく開けた場所に突然放り出された。
※
その時、時間が止まったかのようにそこに居る全員が停止した。
そこは日本のとある政令指定都市の交差点の中央だった。
ビルも多く建ち並び、行き交う車はいつも小さな渋滞を作り、常に人間が左右の歩道を行き来している。いずれも忙しそうに歩く人達が多く、本来なら常に何か考え事をしながら生きている彼らは多少の事では足を止めることはないし、多少の厄介事なら無視をすることもあるだろう。しかし、今回はそんな彼らさえ無視をすることを止めた。
――交差点の中央に、およそ三十体以上の怪物の集団が怪しげな光と共に出現したのだ。
突然の発光の時点で慌てた車はハンドル操作を間違えて、近くのビルの入り口に突っ込み、同じく他数台の車もそれに巻き込まれた。
怪物――異世界のオーク族を含んだ魔族の集団だった。
ありえない光景に通話中だったスマホを落とす者、はたまたそのスマホで写真を撮影する者、突飛な出来事を前に肉体も思考も停止する者。冷静なごく一部は必死に警察や救急車に連絡を取っていた。いや、もしかしたら魔族に気付いていないだけかもしれない。
――テレビの撮影?
――いや普通に車が事故ってんじゃん。
――じゃあ本物?
――本物? ……本物て何だよ。
人間達も魔族も互いに困惑していた。しかし、魔族というのは本能的に動く存在だ。
種族によってはずっとシンプルに生きている者達も居る。
今回はそういう人間と対話が可能な魔族を王は対象に選んでいた。そして、その対象の中には狡猾で野蛮で狂暴な者も対象だった。
※
「ここは……」
最初に声を発したのはトルカだった。それに続くように他のオーク族の仲間達もざわついた。
長方形の長い建物には幾つも窓があり、広く舗装された道は固い地面だった。じんわりと足元から熱を感じる。まるで石材とレンガを混ぜ合わせたようなおかしな床だった。
それがコンクリートだとオーク達は知らなかったが、視界の先には点々と人間達の姿が伺えた。
「これが異世界の人間達かっ」
知らない興奮した声がしてノヴァクは振り返る。
周囲には、オーク族以外にも他の種類の魔族達が居た。
全身の肌色が緑色や茶色をした、口元に短い牙を生やした半裸の人間の子供ぐらいの大きさのゴブリン族。
顔や手足は無く、液状の肉体を自由自在に変形させるスライム族。
上半身が人間の女の姿で両手が翼になっており腰から下は鳥類の姿をしたハーピィ族。
二足歩行に丈夫な鱗に覆われた肉体を持つ立って歩くトカゲのような外見をしたリザードマン族。
一番数が多いのはゴブリン族で、後はオーク族と同じで五体かそれより少し多いぐらいの数だった。
およそ四十匹~五十匹程度の魔族が街中の交差点に出現したことになる。
「……随分と変わった人選をしくれたな」
忌々しそうにノヴァクは呟いた。
ゴブリン族とスライム族は下位の魔族同士、昔から縄張りの小競り合いが多い。さらには外見は美しい姿をしていることとは裏腹に、ハーピィ族は乱暴な性格に加えて暴食を好むことで互いに水辺の近くに住みたがるリザードマン族とは食料の奪い合いになることも多々ある。
オーク族はこの四種の種族とも大きな争いもなく過ごしてきたが、標的を狙う前にこちらで殺し合いが起きかねないことをノヴァクは危惧した。
しかし――。
それぞれは自分達の種族に目もくれず、別方向へと駆け出した。
「何やってんのよ、アンタ達! あの人間達から呪いは感じないのよ! それなら、やることは一つでしょ!?」
ハーピィの族の一人がノヴァク達の隣を飛行しながら叫んだ。
「そうか、あいつら……」
オーク族の仲間のケオシが呟き、その発言の意味を汲み取ったらしい。
そう、魔族が無防備な人間を見つけてやることと言えば一つしかない。
長期間、勇者である王の命令により人間への一切の攻撃行為を禁止されていた魔族達は、別世界への人間は好きなようにしていいと気づいたのだ。
本来なら、ここまで彼らが興奮することはなかっただろう。しかし、異常な状況と抑圧された心が重なり合うことで、ここに狂気の結論が生まれた。
目の前に差し出された無防備な人間達からは一切の魔力は感じられない。
こちらの世界で言えば、それは丸腰で猛獣の前に差し出されるのと同じだ。しかもその猛獣達は、食欲関係なく人間に危害を加える行為を何よりも楽しむ種族だ。
――魔族達の前に人間という玩具を差し出されたようなものだった。
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