第16話 新たな戦場と窮地
――次の標的の名前は、アマガハラレイだ。
王の声が耳に届く、頭の中に一人の少女の姿が刷り込まれる。
左右に均等にカットされたおかっぱの黒髪に特徴的な赤と青のオッドアイの目をした十五、六歳程度の少女だった。
この少女の姿を目にした魔族の中には気付いた者も多かったが、オッドアイの目で魔力を持つ者は魔力に愛された存在とされている。他人とは違う魔力の量を内包していることで肉体に影響が及んだ結果、左右目の色が違う姿になったのだ。
王ですらオッドアイではない、では王と同等の勇者の力を所有する人間が天才的な魔力の使い手だとすると、それは非常に恐ろしい組み合わせだった。
いや、と後ろ向きな発想をザガドは否定した。
むしろ、この情報は好都合かもしれない。外見で魔術的な特徴が出ているのなら、初めてこの戦いに参戦する者も気を引き締めるはずだとザガドは考えることにした。
※
夜だ。
すぐにザガドは気付いた。
夜空には分厚い雲の隙間から月明かりが顔を覗かせ、非常に足がの良い広い場所に立っていた。魔族の生息する大地から見上げる夜空よりも、ずっと澄んだ空だと思った。
無論ザガド達には知る由もないが、そこは夜の学校だった。
広い校庭にグラウンドの角や端の方には、ジャングルジムや鉄棒、うんていなどが設置されていた。
遊具に気付いたザガドは、どうして骨組みで放置された建造物があるのかと首を傾げるしかない。続いて、ザガドの周囲には今回の参加者が次々に現れた。
ジャックを含めた仲間達五人のリザードマン族の他にも、それから小人のような人型に犬の顔を持ったコボルト族、人間の上半身に下半身が馬の姿をしたケンタウロス族、二足歩行に狼のような姿を持つウェアウルフ族、そしてその中にはオーク族も居ることにザガドがいち早く反応した。
他の種族達には目もくれずやってきたオーク族達の方へ向かう、訝しそうにするオーク族の戦士は四人、そこにさらに見覚えのある二人のオーク族の姿があった。
トルカとケオシだ。
「二人とも、生きていたのか」
二人が昏い瞳でザガドを捉えた。そこで初めて、夜の暗闇のせいで二人の姿に気付かなかったザガドははっとした。
「お前ら、その姿は……」
トルカの左右の足は鉄製の義足に変えられ、ケオシの両手足は鉄製の義手と義足、さらには頭部を金属と鉄で造られたヘルメットのような物を装着した状態になっていた。
言葉を失うザガドに、トルカは低い声で返事をする。
「傷付いた状態で帰還した俺とケンシも、次の戦いにも向かうように言われたんだ。だから必死にこんな怪我では戦えないもう嫌だと頼んだら、じゃあ戦えるようにしてやるって言われて……この有様さ」
とても今から戦えるとは思えないほどの憔悴した状態のトルカの姿から逃れるようにケオシの方に視線を送った。――焦点が定まっていない。
「あー……あー……」
あーあー、と短く息をするように何かを喋る座り込んだままのケオシ。半開きになった口から垂れる唾液を拭うことはなく、たまに両手の指先をぴくぴくと動かすだけだ。
そんなケンシから目を離さないザガドに、トルカは吹き出した。
「そいつは食べることとクソを捻り出すことしかできねえぞ。こう見えても、ケオシは明るく面白い奴でみんなの人気者だったんだ。たまにあぁあぁとしか言わない人形と一緒だ」
「人間達は、この状態のケオシを戦わせるつもりか」
ようやく絞り出すようにザガドが言った。
「動けるなら、多少役に立つだろ。て、嗤いながら言ってたよ。……だから、今回はうちは前よりも多い六人なのさ。ケオシは数に入れないが、戦場には送るそうだ」
駄目だ、二人は戦力にならない。
そう判断したザガドは歯を噛みしめ、カリブレイドの柄を握った。同胞の苦しみを感じ取ったせいか、カリブレイドも強く反応しているような気がした。
憎い、憎い、憎い――。
「なるべくお前達が生き残れるように戦う。それが、ノヴァクに恩返しになると信じている」
「ああ、期待してないから程々に頑張れよぉ」
へへへ、と笑うトルカもどこかおかしな様子だ。全てが終わってもいいと自暴自棄になっているようだった。
今度こそ背を向けて、ザガドは戦場に現れた者達に自分の姿が分かるように大きな動作で歩き出す。
憎い、憎い、憎い――。
「ああ、分かっている。俺もお前と同じ気持ちだ、共に奴らを殺そう。憎いとか殺したいじゃないんだよな、奴らの存在そのものを否定したいんだろ」
カリブレイドの柄を撫でると、柄の一部が小さな触手のようにザガドの手に絡んでくる。憎悪の感情に身を委ねたくなるのを堪えて、触手を払った。
「まだだ、まだ俺はお前で充分に戦っちゃいないだろ。それまでは、俺の体をお前らにやるわけにはいかねえよ」
一人呟くと同化しようとしていたカリブレイドは元通りの姿に戻っていた。
朝礼台を発見したザガドは、すぐさまその台の上に飛び乗るとその場に集まった魔族達を見下ろした。
「俺の話を聞いてくれっ!」
呼びかけたザガドにその場に集められた魔族の視線が集中する。
揃った面々はいずれも過去に破壊者との戦闘を経験しているのか、この状況に対する動揺は焦りというものは感じられない。だが、いきなり大声を発して視線を集めたザガドに対しての、不信感だけは爆発的に上昇していた。
「俺の名前はザガド、リザードマン族の戦士長だ。魔族が協力するなんておかしいと思うだろが全員で協力しなければ生きては帰れない相手だと考える。だから、俺の話を聞いてほしい! その為に、今だけは時間をくれ」
その場にいた魔族達全員から射貫くような視線に耐えつつザガドは話を続けた。
「これから戦う破壊者には協力しなければ勝てないことは分かっているだろ。だから、ここで一度作戦を決めてから行動を起こさないか。お前達なら気付いてるだろうが、破壊者なんて呼ばれている連中は実際のところ勇者と同じだ。勇者が過去に出現した時には俺達魔族は初めて共闘することしただろ。それと同じことをやらないか。上手くやばれきっと――」
「――だが、敗けたのは俺達側だろ」
ウェアウルフ族の男が腕を組んだままでザガドの言葉を遮った。
戦場に赴く際はウェアウルフ族は鎧や武器の類は装備しない。あえて神経を過敏にする為に最低限の布を身にまとうだけだ。女のウェアウルフ族は上下一体型の服、男の場合も似たような格好だが半裸の場合もある。
「だが、ここに居る者達の大半は勇者を倒したことがある者達だ。共闘すれば、生き残れる可能性が大きくなる」
半裸のウェアウルフ族の男は、獣のように低く唸るように言った。
「お前は何度この戦いに参加しているんだ」
「二回目だ」
正直なザガドの一言にその場の空気が緩んだ。
「俺は五回だ、そこのオーク族は知らねえが他の奴らも、見たことある連中ばかりだ。最低でも二回以上経験している」
特別偉ぶることもなく、淡々ウェアウルフ族の男が告げた言葉にザガドは息を呑んだ。
どんなに言葉を組み立てても、実戦を経験した者達の言葉や行動の重みは違う。絶対的な経験の差を尊重するザガドには、ここで反論するような戦士に対して侮辱するような発言はできなかった。
口を閉ざすザガドにウェアウルフ族の男が言った。
「分かってくれたようで何よりだ。過去に協力しようとして、わざわざ作戦を組んできた奴も居たがそれは無意味に終わった。いざ戦闘になれば、俺達は作戦通りに動くことはできなかった。俺達が人間達の真似事して、協力しようなんて無駄な話だったんだ」
「お、俺は……それでもオーク族と協力して破壊者を殺したぞ。もし協力できなければ、勝てなかった戦いだった」
ウェアウルフ族の男が肩をすくませた。
「それは、オーク族の全員や他の魔族と協力した訳じゃないだろ。偶然、気の合うオーク族と利害が一致したけだ、違うか。それに、さっき見ていたがあそこにいるオーク族の姿がその協力の結果ならあんまりだろ」
自分が感情論で語っていることに気付いてるザガドには、過去の戦闘を経験してきたウェアウルフ族の男の発言には太刀打ちできるわけなかった。
「それならアンタ達は、今までどうやって生き残ってきたんだよ」
言葉が助けを乞うような情けない問いかけであることをザガドは理解しつつもそんあことを訊ねてしまう。すっかり毒気が抜かれたような顔でウェアウルフ族の男は言った。
「こんな目立つ場所ではいつ人間達を呼ぶか分からん。それに敵はこの建物に居るはずだ。建物の中に入りながら話をするぞ」
子供に諭すような上から目線のウェアウルフ族の男の喋り方をザガドは不快に思うが、その後ろに続く他の魔族達の姿から事実上のリーダー格だということを理解した。
あれだけの敵を五度も葬ってきた歴戦の戦士だ、言い方はどうあれ気持ちを切り替えていこうとザガドと事の成り行きを見守っていたリザードマン族が続いた。
「それなら、アンタの名前を教えてくれないか」
そう呼びかけるザガドにウェアウルフ族の男の男は面倒くさそうに応じる。
「ガウロンだ。……お前、変わったリザードマン族だな」
「ああ、よく言われるよ。これからよろし――」
――バババババ。
と巨大な鳥が羽ばたくような音が断続的にしたかと思うと、魔族達の居たグラウンドに強烈な閃光が降り注いだ。
「何だ、攻撃か!?」
態勢を低くするザガドだが、強い光を浴びたこと以外は特別攻撃を受けた様子もない。しかし、夜の闇の中で受けた強い発光を前にして完全に視界は奪われていた。
この時点でザガド達は気付いていないが、この発光成分は魔族に特別効果があるように改良されたものだった。
トルカやケンシにいたっては、前回の戦いを思い出したのか光を受けてからずっと悲鳴を発していた。
敵の攻撃じゃないと気づいたコボルト族は生き永らえる為に校舎に急いで走り出したようだが、ザガドの耳に届いたのはぎゃぁという甲高い悲鳴だった。
次第に強い光に慣れてきた魔族達は、その状況に気付いて忽ち身を硬くした。
校舎の上、校門の影、校舎を囲む壁上、校舎の玄関前にびっしりと機関銃を構えた黒い一色の服の兵士達が取り囲んでいた。
どこにも逃げ場所はない、あの武器の恐ろしさを知っているのだろう、その場に居た魔族は誰も身動き一つしない。
弓矢を武器に戦うことが得意のケンタウロス族だけが、その手に弓矢を四方八方の敵に向けているが、その表情は半ば諦めの色が浮かんでいる。
「なあ、ガウロン。こんな状況の時は、どうしたんだ」
「……次は人間に生まれ変われれば楽な人生だろうなぁ、なんて考えるようにしている」
空を仰ぎみるガウロンに、ザガドは全くの同意見だった。
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