第7話 仲間を生かすために
オーク族のカルシム、ケオシ、ズールの三人は肉塊に変わるハーピィ族を前に頭の中が真っ白になっていた。
「何だあれは、魔術かよ! あんなので攻撃されたらたまらないぞ! 逃げるぞ!」
「簡単に言うなよ、どこに逃げればいいんだっ」
狼狽するカルシムとケルシよりも早く動いたのはズールだった。
ズールにだって多少なり誇りはある。こんな場所で死んでしまったら、ザガド達からしてみたらいい笑いものだ。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く逃げるぞ! あ、あんな武器を使われたらどうしようもねえ!」
オーク族の足音は大きいくコンクリートの地面にぶつかり合うことで高く響いた。
逃げ出そうとするズールにまず先に兵士達は銃口を向ける。その距離は二十メートル以上離れていた。弓矢なら減速する可能性もあるし、狙いを外すことだってある。これだけ離れていれば、時間を稼げるはずだとズールは高を括っていた。
それはカルシムとケルシも同じことで、あまりに安直すぎる予想だと知ることになる。
「俺は、そこの頑丈そうな建物に逃げ込む! こんな所で死んでたま――」
刹那、先に逃げていたはずのズールは脳漿と血飛沫を散らしながら全身に銃弾の雨を浴びた。
弓矢ならまだ生き残るチャンスはあったかもしれない、少なくとも即死にはならなかった可能性だってある。だが、近代兵器を手にした兵士達からしてみれば数十メートルの距離など射的ゲームで遊ぶのと大差ない。つまり、児戯だった。
兵士達は指導者の教え通りに、血の海に沈むズールにさらに鉛の雨を叩き付けた。
※
「な、何だよここは……。あんなの、魔術でもないと勝てないだろ……」
カルシムとケルシは、ズールが撃たれた直後に大急ぎで反転してビルの内部に逃げ込んでいた。
ハーピィ族とゴブリン族が殺害されたのとは訳が違う、自分と同族があっさりと惨殺されたのだ。家畜の死を憐れむ者はいないが、姿形が同じ生物が一切の躊躇なく挽肉に変貌する光景はずっと死を身近にさせた。
「階段があるぞ……。ハーピィ族が飛んでいくのを見た。上手くやれば、奴らと手を組めるかもしれない」
ケンシはそんな風に希望的なことを言うが、今さら人間を前に手も足も出なかったハーピィ族と共闘しても倒せる未来なんてカルシムの頭の中には全く思い浮かばなかった。
「ああ、分かった。とりあえず、奴らからなるべく離れよう」
いずれにしても、上に向かうことにカルシムは賛成だった。
無警戒にどたどたと足音を立てながら、冷たい床を分厚い皮靴でカルシムとケンシは駆け上がる。しかし、大柄な体とその大きな音を見逃すほど兵士達は甘くはなかった。
「早く走れ、ケンシ! 奴らが来ているぞ」
階下からぞろぞろと礼の黒一色の集団が近づいてくる。
オーク族の方が歩幅が広くとも、鍛え抜かれた兵士達が速いのは明らかだ。
「わ、分かっている! だったら、どこかの部屋で身を隠そう!」
乱れた呼吸でケンシは同意する。村の人間からも指摘されていた持久力の無さがこんな場面で出てきたらしい。
「そうだな、それで奴らが通り過ぎてから下に降りれば――」
「――馬鹿なことを言うな、お前らはそのまま逃げてくれればいいんだ」
ケンシ達の進行方向の先、一つ上の階で彼らを迎えたのは――リザードマン族の五人だった。そして、今の声はザガドが発したものだった。
「お、お前はリザードマン族の……」
思わず腰から斧を抜こうとするが、彼らの後方からノヴァクとトルカが現れたことに気付きその手を停止した。
「ケルシ、カルシム、上は空しかない広い場所だ。あそこまで行けば、もう逃げ場はない。この廊下の突き当りに下に降りる階段がある。お前達はそこから逃げろ」
「しかし、ノヴァクさん達は……」
「俺達はリザードマン族と手を組んだ。協力して奴らを倒す」
「死んじゃいますよ!? あ、あいつらの飛び道具めちゃくちゃなんですよ! 魔力も全く感じないですし……それに容赦がないんですよ、まるで俺達を同じ生き物だと思ってない……」
この時間が無駄だとばかりにザガド達はケルシ達の横を抜けて下へと向かう。
深く溜め息を吐いたノヴァクはケルシとカルシムの肩に手を置いた。
「情けないオークの小僧共、よく聞け。お前達が弱いから、俺達は仕方なくリザードマン族と手を組んだんだ。分かるな、お前らが身勝手に行動せず、誇り高き戦士として振る舞っていればこんな醜態を晒すことはなかった。……どこか陰に隠れておけ、その間にお前らが逃げるしかなかった人間共を血祭に上げてくる」
低い声でノヴァクに凄まれ、ケルシとカルシム両名は言葉を失った。震えながらも、言われた通りに動こうとするケルシとは違い、カルシムは歩き出すノヴァクとトルカの背中に声を掛けた。
「お、俺も戦わせてください、ノヴァクさん! このまま逃げたくねえ!」
首だけ傾けて、射貫くような眼差しでノヴァクはカルシムを睨んだ。
「安心しろ、お前達の出番は後で取ってある。それまで精々、弱者らしく逃げ続けるんだな」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、悔しそうに俯くカルシムを残してその場からノヴァクはトルカを連れて逆方向へと向かった。
※
兵士達に奇襲を行う為に身を隠したノヴァクにトルカは耳打ちをした。
「本当は凄く心配していたくせに、よくあんなこと言えたな。別人かと思ったぞ」
「言うしかないだろ、あのまま上まで逃げても奴らは目立ちすぎる。だからといって、ただ逃がすだけでは戦意喪失してるあいつらは使い道がない。そうならないように煽りつつ逃がす道を与えた。どちらか一人でも思惑に乗ってくれたら自然ともう一人も付き合うしかないからな」
「村に居る時は気付かなかったけど、意外と頭の回る奴なんだな……」
「……褒められたということにしておくよ」
早口で行き当たりばったりで思いついた作戦をザガドからノヴァク達は聞いた。
どちらにしても、ここで失敗したら死ぬんだ。
無惨なズールの死体を目にした以上は怖いのはノヴァク達も同じだった。しかし、この機会を見送れば次の展開はやってこないのも薄々感じていた。
「帰るぞ、村に」
小さい声ではっきりと言うとトルカは力強く頷いた。
「ああ、ようやく両想いになれたんだ。絶対に死んでたまるか」
勇気あるリザードマン族の一人が気配を殺し、階段の方へ向かうのを見送った。
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