第8話 魔族の中では異質な男達

 決して大きな音は出さず最低限の足が床を這うような雑音のみで、兵士達は二体のモンスターを追っていた。

 さほど知能は高くないのか、逃げ続ける二体のモンスター達は馬鹿正直に屋上を目指して走っていたことは把握している。

 この兵士達も急いで、危険に身を晒すつもりはない。最後は、袋小路に自ら飛び込んだ獣たちに引き金を引くだけだ。

 口にしなくても無意識に漂う油断した空気を壊すように――異変は何の前触れもなく起きた。


 「――ぎっ」


 おかしな奇声、それと同時に互いの通信を交信する為のメットの内部のモニターに緊急信号が表示された。

 この信号は隊員が敵から接触を受けた際に送られるシグナルだった。


 すぐさま仲間達を確認すると、その答えはあっさりと判明した。


 一番後方の仲間の一人が首から上を失った状態でスプリンクラーのように首の根元から多量の血液を放出していた。そして、その仲間の肉体が地面に倒れると同時にそこに立っていたのはトカゲと人間を合わせたような姿のリザードマン族だった。

 右手にはサーベルを握っており、今まさにたっぷりとその刃は仲間の血を吸っていた。そして、満足そうにニタリと笑った。

 あまりに露骨過ぎる挑発を前に逆上した一番身近に居た兵士が銃を構える。

 こんな狭い階段で全員で一斉に銃を撃ってしまえば、仲間達を殺しかねない。その為、一番的に近い兵士の二人が銃でリザードマン族を狙うことになるのはおかしいことではないが――。


 「ぐぇ――」


 頭上から何かが降り立つと引き金を引こうとした兵士の銃の上に何かが着地すると、そのまま装甲の間の首元にそのサーベルを振るった。そして、最初の一人が殺された時のようにその兵士も鮮血を放出した。

 動揺するもう一人の兵士に、最初に現れたリザードマン族がサーベルを首に這わせた。噴出する鮮血の中、兵士の一人は頭上を見上げる。


 次の階段へ上がる為の天井の壁には、三匹のトカゲ人間達――リザードマン族が口にサーベルを咥えて見下ろしていた。

 己の存在を気付かれたことを嬉しいとすら感じるような笑みをみせつつ、頭上の壁に張り付いたリザードマン族が目を細めると、兵士達へと飛び降りてくる。


 銃が向けられるより先に降り立ったリザードマン族は、巧みなサーベル使いで装備の装甲の間を狙い、的確に兵士の命を奪っていく。しかしまだ兵士達の数は上だ。


 「くうっ……仕方ない、仲間に当たっても構わん! 撃て! 撃つんだ! 撃ちながら上階を目指し、広い空間を確保しろ!」


 最悪当たらなくてもいい、ひたすら引き金を連射しつつ兵士達は上階を目指す。当たれば、奴を確実に倒せるのだ。こちらの優位は変わらない。しかし、上に到達しようとした兵士を待っていたのは、二体のオーク族――ノヴァクとトルカだった。


 ノヴァクは腰の人間殺しの剣カリブレイドを抜き、トルカはよく研がれた剣を乱暴に振り回し兵士達に切りかかった。

 カリブレイドはただの剣だと聞いていた。しかし実際に抜いてみると、人間を前にしたことへの喜びを表すようにサファイアのように青く光り輝いた。まるで宝石のような輝きにザガドは、カリブレイドという剣の面妖さを不気味に思いつつも頼もしい輝きだとも思えた。


 リザードマン族のような細やかな武器使いはできない。しかし、力任せの一撃でもこの状況なら致命的だ。

 上に行けば安全圏だと思い込んでいた兵士達にカウンターを喰らわせたことで、兵士達は殴られて昏睡するかリザードマン族のサーベルの餌食になるかのどちらかだった。


 あれだけ警戒した兵士達だが、ものの数分で決着が着いた。





 「ひでぇ有様だが、何とかなったらしいな」


 全身が返り血に染まったザガドが腕で顔を拭った。

 そこに立っていた者達全員が、人間達の返り血を浴びたことで体を汚していた。そのまま放置したら、程なくして異臭を放つようになるだろう。

 魔族として生きている以上は血を浴びることには慣れているので、この状態を気にする者はいなかったが、難局を乗り越えたことで張り詰めた空気が少し和らいでいた。


 「――グリオ!」


 今まで一言も発していなかったリザードマン族の一人が、そう叫ぶと血だまりの中から両腕を突っ込んだ。そのまま何かを引きずり上げると、腹に穴が空き、左肩から先を失った瀕死のリザードマン族を抱き上げた。


 グリオと呼ばれたリザードマン族の一人は喋るのも困難な状態で、震える手で抱きしめたリザードマン族の肩に手を置いた。


 「すまない……兄貴……。俺は、ここまでだ……」


 抱きしめた方のリザードマン族はグリオの兄らしい。血まみれの顔に涙が流れていく。無色透明な涙が朱色に変わりながら、グリオの顔に零れ落ちた。


 「情けないことを言うんじゃねえよ! 一緒に帰るんだろ!? みんなが待ってるんだ! 俺が背負ってでも連れ帰ってやるから……だから……そんなことを言うな……」


 「いいんだ、兄貴……。見えるんだ、みんなの姿が……。俺、帰るよ……みんなの側に……。先に……いくよ、兄貴……」


 伝え終わったグリオは、目を見開いたまま凍り付いたように息を引き取った。弟を失った兄は、遺体を抱きしめてただ嗚咽を漏らした。


 「グリオとラアダ、昔から仲の良い兄弟だった。こんなことになるなら、グリオが奇襲をやらせてくれと言った時に止めておけばよかったぜ。人望も実力もある二人だったんだ、兄弟で里を盛り上げていくはずだったのに……くそっ」


 二人のことを説明するザガドは最後にまた吐き捨てるように、「ちくしょうっ」と言った。

 ノヴァクはそんなザガドの姿に面食らっていた。


 「意外だな」


 「あ? 何がだよ……」


 「お前の事だから、泣いている暇はないとか言って、すぐに戦場の準備をすると思っていたぞ」


 「……この状況でお前は遠慮を知らねえのかよ。俺達は戦士だ、仲間の死を悼むのも戦いの一部だ。特に身内が共に戦場に立つなら、死を乗り越えて次に立ち上がる時間まで稼いでやるのが仲間ってものだろうよ」


 「リザードマン族にお前のような考え方をする奴がいるなんて驚いたな」


 心の底から感心したように言うノヴァクにザガドは鼻を鳴らす。


 「俺だってお前のように冷静なオーク族が居ることに驚きだよ。他のオーク族なら死体で遊ぶか下手したら喰う奴だっているだろ」


 反撃のようにザガドは言ったつもりだろうが、ノヴァクはそれを着にする様子もなく自分でも驚くようなことを口にしていた。


 「……これが終わったら酒でも飲むか」


 魔族という枠組みに入っていても、根源は魔力に毒された生物の成れの果てだ。いずれも狂暴かつ攻撃的な性格の種族が多く、他種族同士で酒を酌み交わすという発想を思いつく者は皆無だ。むしろ、新たな災いの種になる危険性だってある。

 そうと知りながらも、ノヴァクは言ってしまったのだ。


 「馬鹿げたことを言う奴だ、俺がオーク族と食事を共にすると思うのか」


 半ば予想していた返答に、ノヴァクはおかしな発言をしたのは自分と方だと恥じた。

 謝罪の言葉の一つでも送ろうか、それとも揉めない程度に悪態でもつこうかなとノヴァクが考えていた時、ザガドは顔を逸らしつつ言った。


 「……お前と俺だけでの宴なんて墓場と同じだ。そんな小さい酒の席なんて御免だね、俺達リザードマン族の戦士とオーク族の戦士と共に宴をやるぞ」


 思いもよらぬ発言にノヴァクは顔を上げた。


 「いいのか、もしかしたら喧嘩や殺し合いになるかもしれないぞ」


 ぎひひ、と歯茎を剥き息を吐くようなリザードマン族特有の独特な笑い方をザガドはした。


 「はっ……俺とお前が戦士長なら揉めても大丈夫だろ」


 照れたように鼻先を掻くと、兄の死に打ちひしがれる弟ラアダの元へと向かって行った。そして、ノヴァクはその背中を目にしながら、いつしか目の前の男を死なせたくないと考えていた。


 ――ザガドは魔族に必要な男だ。


 血迷ったことを考えていると理解しつつ、ラアダを激励するザガドの後に続いた。

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