ヴァルハラだけでは終わらなくてヤバい
リリアナは剣を抜き、先頭の男に向かって駆け出した。その男の持つ長槍を弾き飛ばし、返す刃でその男の首を跳ねる。
血飛沫が上がると同時にリリアナは走り出し、次々に敵を斬り捨てていく。まるで舞うような美しい剣捌きは見る者を魅了し、そして絶望させる。その美しき殺戮劇の幕引きはあっけないものだった。最後の一人が倒れ伏すと同時に、ロゼッタが膝をつく。あまりの暴力に戦う前から心が折れてしまったのだ。
「なんということだ。たった一人でここまで……」
「言ったはずだ。死にたい奴からかかってこいとな。私は貴様らのような金に目のくらんだ下衆は好かぬ」
「ち、違う! 決してそのような……」
「貴様らがどのような言い訳をしようとも、貴様らの罪は消えん。私の忠告を聞かず、そして自らの罪をも認めず──故に貴様らは死ぬのだ」
リリアナが一歩近づくたびに、ロゼッタは怯えた表情を浮かべて後ずさる。
「り、リリアナさん……そそ、それ以上は……」
晴子自身は、リリアナの行為に狼狽をしながらも、自らが言うべきことをきちんと述べた。彼が死ねば、この事件の手がかりは再び無に帰すからだ。
「晴子。これは我々の問題だ。貴公も罪には問われぬ。ここは私に任せてほしい」
「い、いえ。そういうわけにもいきません。というか、彼を殺したら検疫検閲局の人たちがどれくらい取り込まれているのかわからないじゃありませんか」
晴子は震える足を抑えながら、なんとか言葉を紡ぐ。死を目の当たりにすることは、たとえ自らが死を与える強者の側だったとしても恐ろしいものだ。
「ふむ、確かにそれも一理ある。ならばどうする?」
「あ、あの人に協力してもらうというのはいかがでしょうか? 多分ロゼッタさんたちは、今回の企みの中でも氷山の一角じゃないかと思うんです」
リリアナはふうむ、と小さく唸り沈思黙考する。彼女の実力があれば、ロゼッタ如き小物であれば一捻りできる。下手に敵を増やすよりは、こちらに引き込んだほうが良いだろう──。
「あい分かった。晴子、貴公のとりなしということであればこのリリアナ・ユーディス、喜んで剣を引こう。しかし騎士ロゼッタ。卿の罪は重いぞ。私達を亡き者にしようとするばかりか、王の御心をも裏切った。本来であればここで素っ首落とし、一族郎党全員滅ぼしてくれるところだが、我々に協力するのであればその罪一等減じて貴様の自害だけで済むよう王にかけ合おう。どうだ」
「わ、わかった。お前たちに協力しよう。だから一族の命だけは助けてくれ」
ロゼッタのその言葉を聞き届けると、リリアナは残心し、剣を鞘に納めた。彼はそれを見て力が抜けたように壁に背中を押し付け、そのまま床へと座り込んだ。
「では聞かせてもらおうか? なあ晴子よ」
「は、はい。ロゼッタさん。これまでの情報を総合すると、検疫検閲局は大綱グループと共謀してガルディウムを輸出する際、意図的にそれを見逃している。それを見逃す代わりに、ドローンを始めとする技術供与を受けている──違いますか」
晴子の問いに対し、ロゼッタは力なくうなずく。
「ああそうだ。大綱グループはドローンの開発のための基礎技術を供与し、それの活用のための民間企業の設立を後押しした。その代わりに我々はガルディウムの不正輸出の黙認をした……」
「愚かなことを……貴様らがそのようなことに加担して、一体何の利益があるというのだ」
リリアナの言葉に、気が抜けたように憔悴していたロゼッタは急に目つきを鋭くし、彼女をにらみつける。
「利益だと? 名誉騎士団長殿は良いでしょうな。その名の通り王国きっての騎士として、名誉と責務を一身に背負っていられるのですから。……我々普通の騎士は、騎士団とは名ばかりでやることもなく、お声がかかるかと思えば警備に護衛といった、衛兵でも事足りるような木っ端仕事ばかりだ。我々ヴァルハラの騎士は、王のために剣を抜き、盾となるための選ばれし者だったはず。統一戦争が終わってからは、そんな機会さえ与えられんのですよ、我々は!」
ロゼッタは怒りに顔を歪め、唾を飛ばしながらまくし立てる。その様子は、普段の冷静沈着な態度からはとても想像できないものだった。
彼のその発言に、リリアナは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに元の顔に戻り、静かに口を開く。
「……いいや、愚かだよ貴様は──騎士の矜持とは、泰平の世に無能者でいられることだ。剣を抜き盾となることすらできないことを喜ぶことだ。私はそのためならば、それで王や民が心安く過ごせるのならば、いつでもこの命を捨てる覚悟がある。貴様にはなかった。それだけのことだ」
リリアナの静かな口調で放たれたその一言には、確かな重みがあった。ロゼッタはその迫力に押し黙ってしまい、もはや何も言えなかった。
「それにしても、ドローン関連の民間企業とはな」
「ロゼッタさん。もしかしなくても、その企業は騎士団のみなさんで占められているんですか?」
「そうだ。経典も我々で研究したものを使用している。ドローンが正式に使えるようになれば、ドローンと連携する民間警備会社を立ち上げる予定だった。やりがいの多い仕事だったよ。なにせ大綱グループが賄賂を兼ねて無限に近い投資をしてくれるからな」
「……その見返りが今回の一件ですか。あなた方も随分と業が深いですね」
晴子は精一杯の嫌味を突きつけると、改めて考えを巡らせる。つまり、大綱グループはガルディウムの密輸のために相当の投資をしたことになる。確かに、かの企業の規模は大きい。ヴァルハラというブルーオーシャンのためならば、いくら投資しても惜しくはないという結論もわかる。
しかし、それだと辻褄が合わないことがある。
半期に一回、異世界銀行ではヴァルハラの経済をこちらの都合でコントロールすることのないように、活動報告をいわゆる確定申告のような方法で確認している。その時に見た限り、大綱グループのヴァルハラにおける投資額は、自社内の研究開発──今考えればガルディウムの生成等が大半だったのだろう──がメインだったはずだ。
新企業の立ち上げに、それに対する賄賂めいた投資となれば、それなりの規模になる。当然異世界銀行における監査も通っているはずだ。
晴子はヴァルハラに渡る前、監査部よりヴァルハラで活動する企業について、異常な投資額のものがないかを確認してきている。ありえないとはわかっていながらも、何百トン単位の金を動かすためには、それなりの手段が必要なはずと考えたからだ。
結果は空振りだった。
少なくとも、その時点では大綱グループに関しては不正など見つからなかった。だからこそ、今回の件が異質なのだ。
ガルディウムを秘密裏に本物の金として売りさばければ、確かに金になるだろう。しかしそれだけのために、これだけのカネをヴァルハラに投下するからには、その原資が必要になるはずだ。
「リリアナさん。わたし、しばらく日本に帰っても大丈夫ですか?」
「む……それは構わんが。王の御威光あらば、大綱グループとてしばらくは満足には動けんだろう。その間に私はこちらの掃除をしておく」
晴子の唐突な申し出にも、リリアナは即座に応じてくれた。彼女はやはり頼れる相棒である。名残惜しいが、彼女に恥ずかしくない仕事をしなければならない。
「わたひ、し、この案件、絶対に解決しますから!」
リリアナはそれに少し笑みを浮かべてそれに頷いた。晴子は一路、東京へ向かう──一つの確信と共に!
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