チャラついてて心配すぎてヤバい

 経済産業省の山岸にはすぐ連絡がついた。

 晴子は社用車の中からハンズフリーで構わずこれまでの経緯を報告し、情報共有する。ちなみに第二課課長にはメールを済ませてあった。段階を踏んだ緻密な情報共有は、社会人オトナのたしなみである。

『なるほど、金によく似た新金属か……しかし松田さん、それだとそのガルディウムとやらは、日本における金の検査には引っかからないということにならないですか? だとすると、相場が急落する意味がわかりませんよ』

「わ、わたしもそう思ってました。でもそれも大綱グループが絡んでいるとなれば話は別です。彼らはガルディウムを自社製のインゴットバーに似せて精錬しているんじゃないでしょうか」

 日本製の金は、そのいずれもが自社製品であることを示す刻印とシリアルナンバー、純度が記載されている。通常、金の取引においては『金であるか否か』を確認する必要があると思われがちであるが、国内製の金であれば話が違ってくる。

 国内製の金はその取引がシリアルナンバーに紐付けされる形で、数十年前の取引であっても追うことができる。

 よって、そもそもおおっぴらに『これが本当に金かどうか』を見ることはあまりない。金は特徴ある性質をいくつも持つため、目の肥えた鑑定士であれば一目で見抜ける。ましてや、日本国内で精錬された刻印入りのインゴットならば、データベースと照合すればそれが金であるか否かは判明する。信頼性が高すぎるせいで、あえて科学的な検査をする必要がほぼないのだ。

『……つ、つまり大綱グループは自社の金の価値を犠牲にしてでもガルディウムによる偽金の精錬を行っていると? しかも多額の投資をしてまで──』

「はい。そして、それを市場に出回らせている可能性もあります。金価格が下落したのは、ガルディウムのことを噂程度に知った人が出たせいかもしれません。もし、その事実が大体的に公開されれば、金の価値は今以上に一気に下落します。あ、悪魔の証明です。ガルディウムを他の金取引業者が扱っていないかどうかなんてわかりませんから」

『そいつはマズいですね……一刻の猶予もない。ガルディウムを判別する方法はないんですか?』

「割れば『す』が入っているそうですが、インゴットを割れば価値が下がります。か、解決方法にはならないとおもいま、しゅ、す」

 晴子は自分で言っていて絶望的な状況だ、と思った。金とよく似ているが故に、金ではない。金と同じ検査方法で調べてもわからない。割ってみろといわれても、本物だったら目も当てられない。こんなもの、どうやって判別しろというのだ。

「わ、わたしはこのままスカイハイタワーへ向かいます。東京大平和会──もしかしたら、偽金についての東京側の本拠地かもしれまし、せん」

『了解しました。松田さん、さすがに一人じゃまずいでしょう。ウチに一人、SAT出身の優秀なヤツがいます。今は出向でこちらに来てましてね。すぐ向かわせますから、合流してください』

 スカイハイタワー四十階に、東京大平和会はある。晴子が到着した時、既に日は暮れていた。時刻は午後八時半過ぎ──駐車場に車を停めると、男がひとり近づいてくる。

「あ、どーもぉ。松田さん……かな?」

 軽薄な雰囲気の男だった。目は細く、笑ったような顔をしている。晴子より二周りは背が高い。明るい髪色はくせっ毛で毛先はくるりと回っている。紺色に白いストライプのスーツを着こなしており、手も足も長かった。

「は、はい。えっと、あなたは……」

「オレ、東雲って言います。経済産業省金融金属取引規制別室の者です。ほらこれ、身分証です。よろしくお願いしまぁす」

 男は手帳大の身分証を開いて見せる。確かに写真つきで同じ情報が書かれている。

「あ、は、はい。それで、あの、お仕事の内容は……」

「山岸パイセンから聞いてま〜っす。松田さん、今から突っ込んでいくんでしょ? 無理は禁物っすよ、無理は〜。オレ、サポはきっちりやるんで、任してくださいよ」

 東雲と名乗った男は、へらへらと笑いながら言った。この男に任せて大丈夫なのだろうか。そんな疑問は残るものの、晴子の心は少しだけ晴れた気がした。東京にはリリアナはいない。日本でヴァルハラほど危険な目に遭うとは思えないが、とにかく頼もしかった。

「じゃ、よ、よろしくお……」

 挨拶を済ませようとした時、ビルからこちらに黒スーツの男たちがゾロゾロと連れ立ってこちらに歩いてきた。警棒を構えている者もいる。

「あ、やば。なんかアレっすね、待ち構えられちゃった感じ? エグいっすね」

 東雲は動じていないのか、ヘラヘラ笑って感想を述べた。嫌な予感しかしない。

「あの、東雲さん……」

「いやまあ、安心してくださいよ松田さ〜ん。オレ、結構やりますから」

 そう言うと、彼は右手を軽く握ると、手を開き、親指と人差し指、そして中指を合わせて鳴らした。

 耳をつんざくような爆音だ。まるで手榴弾でも投げ込まれたかのような音が響き渡る。

 次の瞬間には男たちは全員倒れていて、気絶していた。何が起こったのか全くわからない。

「はい、これでオッケーっと。んじゃ行きましょうか」

 彼は涼しい顔で晴子を促す。晴子はただ呆然とするばかりだった。

「し、東雲さん……今のって一体……」

「あ、もしかして山岸パイセンからなんも聞いてないかんじ? ダリィっすね。ま、なんかアレです。衝撃波的な。オレ、警察官サツカンだったんすけど、ダルくて。で、こんなんできるんスけど〜っつったらヤバっつって拾ってもらったんすよね。説明こんなんでいっすか?」

 よくわからないが、彼が何かをしたのだろう。おそらくは。今わかるのは、案外この男が頼りになるということだけだ。

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