数字がおかしくてヤバい

 王の理解のおかげか、晴子は東京にポータルを使ってすぐに戻ることができた。まずすべきことは、ガルディウムについての警告。そして異世界銀行監査部での大綱グループのデータ確認だ。

 晴子は異世界銀行営業第二課の人間であるが、監査部はまた別のセクションであるため、言ってみればやりにくい。それでも、この案件の担当者は晴子自身であるし、何よりもリリアナに──ヴァルハラに迷惑をかけるわけにはいかない。

 晴子が監査部に足を運ぶと、課の女性は晴子の顔を覚えていたらしく、すぐに対応してくれた。

「あの、すみません。私、営業第二課の松田です。監査第八課の忍足課長をお願いします」

「あ、はい。少々お待ちくださいね」

 受付嬢が内線で連絡を取るのを待つ間、晴子は大きく深呼吸をする。監査部の人間は、基本的にあまり営業第二課を快く思っていない。本来であれば、異世界渡航の権利は監査部のものとなる予定だったからだ。

 異世界銀行はもともと、経済産業省と各銀行から募った人材バンク登録のエリートから構成されている。監査部はその中でも選りすぐりのエリートで構成されており、意識も高い。それより一枚落ちる営業の人間が異世界に行くことなど、想定外だったのだ。

 今や、その中の営業第二課が窓口となって異世界との貿易を行っている。当然彼らにとって面白くないことだろう。

 それでも、今は彼らの協力が不可欠だった。

「どうぞ、奥へ進んで下さい」

 案内された部屋は、応接室というよりは取調室のようだった。机を挟んで男が座っている。鋭い目つきをしていて、スーツの上からでもわかる鍛えられた肉体。彼が忍足だと一目でわかった。

「それで、今日は何の用かね? 営業第二課の課長補佐どのォ」

 嫌味を隠そうともしないその口調に、晴子は一瞬言葉が詰まる。それでもなんとか言葉を絞り出した。

「じ、実はですね。大綱グループについての情報を確認したくてですね」

「ほう、そうなのか。それで?」

 忍足の態度は高圧的だ。しかし、ここで怯んではいられない。

「特に、大綱グループのヴァルハラからの金の流れを調べたいんですけど……その、資料を確認させてもらえたりしませんか?」

 その質問に、彼は不機嫌そうな表情をさらに歪める。急に立ち上がると、扉の外を確認してから席に戻り、ひときわ態度悪く切り出した。

「はぁ~ん、なんだよ。てめえもしかしてアレか? 監査部に喧嘩売ってんのか? おいコラ、調子乗んじゃねえよ。お前らがこっちの仕事横取りしておいて、今更何ほざいてんだ。ふざけた真似してっとマジでぶっ殺すぞ!」

「そ、そんなつもりはないですけど」

 突然の豹変ぶりに気圧される。晴子はふう、と息をついてから、逆に捲し立てた。

「でも忍足さん、殺すっていうのはよよよ、よくありませんよねえ。パワハラじゃないですかあ」

「ああ? なんだてめぇ、やる気かオラァッ!」

 忍足は立ち上がり、凄むように顔を近づけてくる。晴子はそれから目をそらさずに、なおも続ける。

「こっちは営業第二課として、資料を見たいって言ってるだけですよ? それなのに、何かあるんですか?」

 その言葉に、彼の顔色が変わる。正直なところ、晴子の確信とはシンプルだ。異世界銀行内部に、大綱グループの息のかかった人間がいる、というものだ。彼ももしかしたらその一人かもしれない──忍足はバツが悪そうに座り直すと、仕方無しに口を開く。

「……クソが。わかったよ、見せてやる。ただ、すぐには無理だ。一週間──」

「すぐに」

 晴子は笑顔で押し込んだ。

「すぐに見たいんです。一刻を争います」

「……分かったよ! ならついてこいや!」

 忍足は乱暴に立ち上がって、部屋の外へ出ていく。晴子もその後を追った。向かった先は地下にある資料室。そこには、異世界と日本の取引に関する資料が大量にあった。忍足はその中からいくつかのファイルを取り出し、乱暴に晴子の手に載せていく。

「言っとくが、こいつは貸しだぞ松田補佐よお。おれはお前みたいなもたもたしたやつは嫌いなんだ。資料渡すだけでもありがたいと思え」

 妙な物言いだった。監査部は確かに営業第二課のことを恨んでいる。組織としての体質だから、忍足の態度も仕方ないだろう。

 しかし貸し、とは? まるで大綱グループの資料を渡すこと自体が危険、とでもいいたげではないか。「ありがとうございます、助かりました。それで、忍足さんあの……」

 疑問は残るが、とりあえず礼を言った。すると、彼は舌打ちをして、そのまま部屋を出ていった。

「なんだったの……」

 晴子は大きくため息をつくと、手渡された資料に目を通す。大綱グループの二期分の異世界での報告書──。その中身を見て、思わず声が出そうになった。

「これは、どういうこと?」

 ヴァルハラとの取引量、そして投資額には、一般的な企業とそう変わりない金額だったのだ。晴子は銀行員として、ある程度の規模の企業がどういう金の流れを必要とするか予測がつく。

 仮にヴァルハラでドローンの基礎技術の提供やそれに対する投資をすれば、この報告書の数字より四割は増えるはずだ。

 それが全く反映されていないのだ。これでは法律違反だ。それに、もっと不可解なことがある。金の流れを調べると、必ず出てくる名前があった。『東京大平和会』。

 確か、レイヴンがギルド長を務めていたのは『大平和会』ではなかったか。そこに、多額の投資が行われていた。その金額は、晴子の目算──つまるところ差額の四割と一致する。

 あまりにもきな臭かった。

 大綱グループは一体何をしようとしているのか。その答えの一端が、この東京大平和会にあるはずだ。

「……行くしかない、か」

 晴子は資料をスマホで撮影し戻すと、一路東京大平和会へと向かう。場所はなんと、新宿の新ランドマーク、スカイハイタワーの四十階だ。

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