話すだけでもバチバチでヤバい

「つまりオレ、指を鳴らすと扇形?っつうんすかね? なんかそんな感じにブッ飛ばせるんすよ。十年前くらいからいきなり使えるようになってえ」

「は、はあ……そうなんですか……」

 二〇一三年、異世界の存在が判明したと同時に、それに引っ張られるように異能力を発現したものが発見されるようになった。現在までに九例確認されており、いずれも政府の管理の元ヴァルハラ関連の仕事に従事している。

 極めて魔導に近いメカニズムらしい、ということしか判明しておらず、研究は進んでいない。

「とりあえず山岸パイセンからは、松田さんの敵っぽいのいたら、全員ぶっ飛ばしていいらしいっつーんで。オレ、この能力チカラあんまりガンガンつかったことねえんすよ。楽しみだな〜」

 急に物騒なことを言い出す東雲に、若干引き気味になってしまう晴子であったが、こうなれば彼に矢面に立ってもらいながらでも大平和会に殴り込むしかない。

 もう既にそれらしき連中はぶっ飛ばしてしまった。賽は投げられたのだ。

「あの、お、お願いしますね、東雲さん」

「ウッス!  じゃ、まずはここのボスに会いに行きましょっか」

「は、はい」

 東京大平和会のロビーは四十階に広がっており、どこかプライベートサロンを思い起こさせる落ち着いた調度品で囲まれていた。受付らしきものはなく、代わりにソファが置かれており、そこには一人の女が座っていた。艶やかな黒髪が印象的な美人である。

「あら、お客さまかしら。ようこそ東京大平和会へ」

 彼女は立ち上がり、優雅なお辞儀をしてみせる。

「どうぞ、そちらのソファーにかけてくださいな。お茶をお出ししましょう」

 女からテーブルへ視線を移動させると、既にそこには冷えた緑茶が涼し気なガラスの碗に注がれており、氷がきりり、と音を鳴らしていた。いつ用意したのだろう。

「あ、いえ、その、私たちはですね」

 慌てて否定しようとするが、東雲は彼女の言葉に従いソファに腰掛けると、置いてある茶をずずっと飲み始めた。完全に寛いでいる様子に、晴子は困惑してしまう。

「なんかいい感じっすね。松田さんも座りましょうよ」

「はあ、では失礼して……」

 促されるまま隣に座るが、やはり居心地が悪い。だが、ここで話を逸らすわけにもいかない。

「私、異世界銀行東京本部営業第二課課長補佐の松田晴子と申します」

「経済産業省金融金属取引規制別室の東雲竜介っす」

 二人はテーブルに名刺を置き、そのまま女へ滑らせた。通常のマナーとはかけ離れた渡し方だが、女は特に気にしなかったようだった。

「東京大平和会プレジデンタルマネージャーの千道千鶴です。名刺はこちらに」

 胸元から取り出されたそれは、金色の箔押しが施された立派なものだった。

「さて、本日はどのようなご用件でしょうか。当会はヴァルハラとの素晴らしい関係を構築するための団体です。銀行さんや経済産業省さんがいらっしゃるような場所ではありませんが」

 丁寧で穏やかな口調だったが、明らかに拒絶の意思が込められていた。

「実は、大綱グループさんの書類にあなた方の名前が出てきまして。どのようなことをされていらっしゃるのか確認をさせていただけないかと」

「それは大変光栄なことですね。大綱グループは日本有数の企業のひとつ。そんな方々から名指ししていただいているなんて。嬉しい限りですわ。しかし、残念ながらそのような事実は聞いておりませんわ。何かの間違いでしょう」

「異世界銀行監査部の資料から判明した事実です。かなりの投資がされているようですが、それでもご存知ないと?」

 晴子は眼鏡を押し上げながら、淀みなく指摘を続ける。

「ええ、まったく。それに、私たちがしているのは金儲けではなく、異世界交流のための研究ですよ。ヴァルハラの皆さんは、新技術の開発にとても興味を持ってくださっています。もちろん、それだけではなく、お互いの文化について理解を深めるためのものでもありますけどね。東京大平和会は、ヴァルハラ側の本部の支店ブランチでしかありませんので、せいぜい広報業務しかやっておりませんが」

 妙な言い訳だった。広報業務だけなら、大綱グループからの投資は必要ないはずだ。ならば、確実に別のなにかに使っている。晴子はそこまで読むが、決定打がない。

 沈黙を破ったのは、東雲であった。

「千道さん……でしたっけぇ? なんかめんどいんで、そういうダリィのやめません? タイパ悪いんで」

「……どういう意味かしら」

「だからぁ、そんな嘘ついて誤魔化そうとしても無駄なんすよ。さっきの連中といい、あんたとこのフロアといい、ご立派な業務の割に金がかかりすぎてる」

 千道の笑顔が崩れ──正確にはその眉間に皺が寄る。

「松田さんのいう投資っつーのが、全額あんたのとこで使われてないってことは可能性はひとつ。ここはトンネルで、別のとこに流れてるってことっしょ?」

「あら、面白い推理ね。それで、証拠はあるの? あなた達を襲った連中も、投資だとかトンネルだとかよくわからないけれど」

 余裕を取り戻した彼女は、緑茶を一口飲んでから答えた。

「証拠はないっすねぇ。ただ、こちらは『事実』を並べてるだけっすから。ねえ、松田さん」

 なるほど、山岸が派遣するだけのことはある。チャラついててズケズケモノを言うキャラクターは、言ってみれば押し出しが強いと言い換えることができる。弁も立つ。これほど相性の良いパートナーもいないだろう。晴子はそれに乗っかるように、話を差し込んだ。

「はい。こちらがお話できる内容は以上になります。これ以上は、異世界銀行の業務に差し障りがあるので申し上げられません」

「あなた方──ケンカを売りに来たの?」

 千道はひくひくと笑顔を歪ませながら、なんとかそう述べた。彼女もボロを出さないよう我慢している。しかし押し切るには材料が足りない。

「まさか。私たちは、あくまでも中立の立場です。今回の件については、ヴァルハラ側からも調査依頼があったので、こうして参った次第ですが、それ以上は」

「じゃ、松田さん帰りましょうか? 東京大平和会さんは関係ないみたいですし」

「そうですね。では、これで失礼します。外で転がっている人達のほうが、なにかご存知かもですし」

 晴子と東雲は立ち上がり、出口へと向かう。

「お二方。私は東京大平和会の代表として、今日のことは共有させていただかなくてはなりません」

「はあ。それはどうぞご自由にって感じすね」

「それでは、失礼します」

 晴子と東雲は、振り返ることなく部屋を出た。背中には千道の鋭い視線がずっと突き刺さっているようだった。

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異世界から黄金が溢れてヤバい 高柳 総一郎 @takayanagi1609

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