女騎士は怖くてヤバい

 リリアナは牛ステーキを切り分けて口に運びながら、その女の報告を聞いていた。


「以上、日本国からの要請で、でして……」


 ヴァルハラ内にある高級会員制レストランのテラスで、二人は食事をとっていた。すでにメインディッシュが供され、ようやく本題が切り出された形だ。

 リリアナの目の前に座っているのは、異世界銀行東京本部営業第二課課長代理の松田晴子である。

 彼女はヴァルハラに定期的に訪れ、主に日本側の出入り組織の経済活動監査を担当している。


「なるほど。ではこういうわけか? 貴国に我が国の金が流れ込んでいる以上、我が国もその潔白を晴らせと?」


「い、いえ! そういうわけではなくてですね……その、まずは事実確認と言いますか、その」


 晴子は慌てて否定した。


「事実確認。貴国と我が国は対等な外交関係にあるはずだ。我が王も『我が国に否があるような』物言いは好かぬと思うがな」


 ナイフを切り分け、再び肉を口へ運ぶ。血のように赤いルージュ。そして同じく赤い燃えるような髪は光を孕んで美しい。神が打った彫刻の如く整った顔には、無数の切り傷が刻まれている。

 リリアナ・ユーディスは三十手前ながら、ヴァルハラ王国の軍事、その最前線を受け持つ名誉騎士団長にして、日本国との渉外を請け負う才媛である。

 ヴァルハラは十年前に統一戦争を終え、対外的には治安維持以上に軍事力を必要としていない。よって名目上は名誉職に就いているが、その実眼光は現役さながら鋭く、剣の腕は王国一である。


「も、申し訳ありません。つい言葉が過ぎました」


「よい。私とて、あのような言い方をされて不快に思わぬわけではない」


「ありがとうございます。今後気をつけます」


 晴子は頭を下げた。


「だが、我らも貴国に金が不当に流出することは望まぬ。当然、それは貴国の利益になっても我々の損であることに疑いようはない。もしそのような事態になれば、国交断絶もあり得るだろう。その点は理解してほしい」


「は、はい。もちろんです」


 晴子にとって、この程度は動じるような会話ではなかった。ヴァルハラとの交流は他国も並々ならぬ関心を持つ最重要ファクターだ。あくまでもヴァルハラは日本国を対等として見ているし、その交流がどのような意味を持つのかはまだ決まってもいない。こんなことで動揺するようでは務まらぬのだ。

 極端な話、今後どのような利益や損失を生むのかは確定していないのだ。

 つまるところ、ヴァルハラとの関係性をいかに友好に保つかが、政府──ならびにその意を汲む晴子達異世界銀行にかかっている。こんなところで躓いていられない。だからこそ、今回の件に関しては、まず何よりも誠心誠意謝ることから始まるのだ。


「その件に関して、いくつかお、おお聞きしたいことがあるのですが、よ、よろしいでしょうか」


「無論。貴国は我が国にとって重要なパートナーだからな」


「ありがとうございます。そ、それでは早速ですが──ヴァルハラにおいての金相場について確認させていただきたいと思います」


「ふむ」


 リリアナは無表情のまま顎に手を当てた。


「先程ご報告しましたように、日本での金相場はここ数日で急落しております」


「続けてくれ」


「は、はい」


 松田はタブレット端末──異世界に持ち込みを許可されたことを示す『検閲済』の文字テープが貼られている──を操作して、資料を表示する。


「当行では、貴国での金相場──特に金流通量について確認を行いました。そして、当行においてひとつの結論に達しました」


「聞こう」


 リリアナはワイングラスを揺らす。赤黒い液体が波打つ。

 晴子が表示したのは、グラフだった。一目でわかるほどの急激な金価格の下落を示している。

 リリアナは目を細める。魔導による神経組織の操作により、ヴァルハラの人々は日本語を目と耳から直接理解するに至った。よって表示されているのは日本語である。


「……ヴァルハラでの金流通量が変わっていない、な」


 リリアナは眉間にシワを寄せながら言った。異世界における金の産出量は、ヴァルハラにおける歴史とともに増産傾向にある。その流通量は奇しくも日本とそう変わらない。

 当然、金が日本に流入すれば、ヴァルハラの金は減り、その分金価格は上昇するはずなのだ。それが、一切変わっていない。


「そ、そうです。変わっていないんです。子供でもわかる算数です。ヴァルハラから日本の市場を狂わせるほどの金の流入が起これば、当然ヴァルハラの金は減り、その値は上がるはずなんです」


 松田はまくしたてる。異世界銀行東京本部営業第二課は、異世界の金の流入量とヴァルハラからの金の流出量を予測した。

 その量は、日本で流通する金の量、二百五十トンとほぼ同じだ。


「バカな!」


 リリアナの声は怒りに震えていた。彼女はフォークを置き、拳を握った。


「そんなこと、ありえるわけがない! 一個人、いや一組織でもそんなことは不可能だ! 我が国の預かり知らぬことだぞ!」


「そ、それはわかりまひ、せん。ただ、貴国にも我が日本国にも、獅子身中の虫がいるということは、た、たしかです」


 晴子はなんとか冷静さを保とうとした。ここで感情的になってしまえば、主導権を完全に握られてしまう。


「……あいわかった。この一件、想像以上に根深いようだ。だとすると、疑問が残る」


「な、なんでしょう?」


 晴子はごくりと唾を飲み込んだ。その疑問は、彼女に言われるまでもなかったが、お互いの考えをすり合わせるためには、彼女の口から聞きたいことだった。


「では、我が国から消えた金の代わりに、一体何が流通しているというのだ……?」

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