金を確認しないとヤバい

 二人はヴァルハラ最大の金融ギルド『黄金の心臓』に足を運んだ。当然、金がどうなっているのかを確認するためである。

 彼らはヴァルハラ直営の公営銀行であり、金を担保として魔導の仕込まれた紙幣を刷り、貸付を行なっている。

 この銀行には、ヴァルハラ中から持ち込まれた金が保管されているはずだ。


「失礼します」


 晴子とリリアナが入室する。受付の女性は一瞬怪しげな顔をしたが、すぐに営業スマイルを浮かべる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件で」


「頭取に繋いでもらいたい」


 リリアナは受付の女性へ開口一番鋭く言った。


「と、頭取に……?  はい、かしこまりました」


 女性は困惑しながら、後ろの同僚の男に目配せする。何事かを察したのか、飛び出していった。数分もしないうちに男は戻ってきて、彼女に向かってうなずいた。話が通ったのだろう。


「お、おまたせいたしました。ご案内いたします」


 女性に連れられて、奥の部屋へと通される。そこには、二人の男が座っていた。一人はモノクルをかけた小太りの中年男性、もう一人は白髪の老人だ。


「はじめまして。異世界銀行東京本店、営業第二課課長の松田晴子です」


「ヴァルハラ騎士団名誉騎士団長リリアナ・ユーディスである」


「これはこれは……『光焔』リリアナさまに足をお運びいただけるとは恐縮の至りですな。よろしくお願い申し上げます。私は『黄金の心臓』頭取のマルムスティーン、こちらは顧問のクライヴ卿です」


「はい、ここ、こちらこそよろしくお、お願い致します」


「して、今日はどのような御用件で?」


 クライヴ卿は神経質そうにそう言うと、訝しげな表情でモノクルを押し上げた。


「た、単刀直入にお聞きしたいことがあります」


 晴子は座りもせず、いきなりそう切り出した。


「貴国の金がわが日本国にり、流出している、という疑いがあります」


「なっ……」


 クライヴ卿も、頭取も絶句する。しかし、それも無理はないことだ。


「い、いやいやいや。何を仰っているのですか。藪から棒に物騒な──」


「そうですよ。それに流出といったって、そもそも我が国と貴国では金の取引自体はまだ禁止されておるではありませんか」


 頭取は冷静にそう諭した。

 確かにその通りだ。将来的には、本格的な経済交流も始まる可能性もあるが、現在日本政府は慎重に検討を進めている。今まで地球上になかった国家と取引を始めれば、世界経済にも少なくない影響が出るからだ。ましてや金を始めとする貴金属は、物価そのものを揺るがしかねない。

 晴子はふうと息をついて、冷静に──それでいてたどたどしく話し始めた。


「いい、いいですか。我が国日本では、金の取引はどんな小さなものでも完全に記録されています。か、かか……完全に、です。そんな日本の金相場が一気に値崩れを起こした。これはもう、予想外の場所から流入したとしか思えないんです。単純な試算で言えば、貴国で流通している金と同量の可能性すら、あ、あるんです」


 リリアナは腕を組んで、静かに聞いていた。

 松田は内心で舌打ちをする。これではまるで素人の説明ではないか。こんなことを言っているようでは、相手は納得しないのではないか──案の定、クライヴ卿が口を開いた。

 彼はゆっくりとした口調で言った。


「なるほど、話はわかりました。ですが、『黄金の心臓』では金の無断持ち出しは断じてありません。それは保証しましょう」


「しかしだな。万が一ということもある。我々がここに来たのは、この松田嬢の試算は大げさでも、たとえ小指の先でも金が我が国から密輸されれば大問題だ。卿らとて、それは本意ではあるまい」


 リリアナがそう言って詰め寄ると、クライヴは一瞬眉間にシワを寄せたが、すぐに余裕を取り戻した。


「えぇ、もちろんですとも。リリアナ様のおっしゃることはもっともだ。そこで一つ提案がございます」


「聞こう」


「簡単なことだ。当ギルドの誇る地下大金庫──そのものをご覧になっていただきたい」


 頭取はそう言うとクライヴ卿を伴い、デスクから鍵を取り出した。彼らがそれぞれ持つ鍵は、地下大金庫の中でも最深エリアである『黄金窟』──その名の通り、金そのものを保存するエリアの鍵である。


「では参りましょう」




 ギルドの地下へと降り、厳重な警備を見学しながら、四人はどんどん奥へと進んでいく。魔導によるトラップと、人間の判別システムは、時折日本のものを上回っているようにすら感じられる。

 晴子はかびくさい地下を転ばぬように、リリアナの後ろできょろきょろとあたりを見回していた。


「貴公、そのようにしておると転ぶぞ」


「は、はい……でもそ、その……なかなか、ない経験ですから……」


 興味津々といった様子で、晴子は目を輝かせながら観察をやめない。リリアナは呆れた様子だったが、特に口を挟まなかった。やがて彼らは大きな扉の前にたどり着く。クライヴが慣れた手つきで操作をすると、音を立てて重厚な扉が開いた。


「これが『黄金窟』です」


「まさか──」


 晴子は思わず口をついて出そうになる言葉を、塞いで抑えた。

『金が、ある』。この空間には、文字通り山のように積まれた金貨があった。一枚、二枚ではない。数十万枚、数百万──もしかすれば、日本における国家予算にも匹敵するかもしれない。


「す、すごい……」


「まだ信じられませんかな?」


 頭取は手に下げていたカバンから小さな木の箱を取り出すと、そこから液体の入った小瓶と平らな黒い石を手に載せた。


「これは試金石です。ご覧になったことはお有りかな?」


「は、はい。知識としては……」


 晴子は少し驚いた。はるか昔から流通している金の純度を測定するために日本でも使われていたものだ。異世界にもあるとは知らなかった。


「金は柔らかい。こうして試金石に擦り付けると、金のスジが残る。これにこの瓶の硝酸をかけると──」


 頭取はおもむろに試金石に残った金の筋の上に、小瓶の中の溶液を振りかけた。しばらく待つと、金色の筋から不純な色がみるみると溶けていき、より色の濃い金の筋となった。


「このカードで色を見てご覧なさい。いわゆる純金と同じことがわかるでしょう」


「……なるほどな」


 たしかに、純金を示す色と同じであることがひと目でわかるようになっていた。リリアナは晴子を見て小さく首を振った。


「さすがにおわかりいただけたようだな。いかに貴国の金相場が混乱しているとはいえ、ここにある金を勝手に持ち出すことなどできるはずがない。松田さん、あなたのいうとおり、我が国の金がほとんど貴国に流れているのであれば、ここにある金もすり替わっていないと説明がつかぬのではないかな?」


「たっ、確かにそうですね……。しゃ、謝罪いたしましゅ」


「いえいえ、謝っていただく必要はございません。それにしてもリリアナ様もお人が悪い。貴女ほどの才女なら、我が国のセキュリティがわかっておいでのはずなのに」


 クライヴは皮肉っぽくそう言うと、頭取と共に黄金窟の外へとあるきだしていく。晴子とリリアナは黄金の輝きにもう一度振り返る。

 ふたりが考えていることは同じだ。ヴァルハラの黄金はほとんどここに保管されている。ここ以上に金がある場所は、そうないだろう。では、一体日本では何が起こっているというのだろう?

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