忠義者の覚悟がヤバい

「……一体どうなっている」

 大綱ロードの代表取締役である大綱重成は、専務の報告を聞いて、頭を抱えていた。

「はい。異世界銀行からの監査担当の松田と、ヴァルハラ側の担当者であるリリアナ騎士団長は現在当社の敷地内で戦闘中です。『有志』の連中に、本社開発のスタン・ドローンを持たせています」

 大綱工業が開発したドローンは、攻撃用ではなくあくまで偵察用のものだ。構造も単純だし、武器もいわゆるアロースタンガンを搭載しているだけで、人を殺すには苦労するものだ。

 画期的なのは、動力を除きすべてが異世界の技術で作られていることだ。ヴァルハラは大陸を席巻する統一国家ではあるが、その原動力となったのは経典による魔導の普遍化だった。要は体力が続く限り、経典を読めば誰でも魔導を使うことができる。それは技術であり、多くの研究者達が改良を続けてきたがゆえのことだ。

 つまるところ、この国は技術の習得と研究に貪欲なのだ。だからこそ、日本企業との交流は、彼らの知的好奇心を刺激した。政治的な課題もあったが、経済特区という形で大綱グループを始めとする企業との交流許可や、一部の物品については交易まで実現させた。

 挙句の果てには、技術資料だけでドローンのような科学技術をも再現してみせた。

 しかし、問題はあった。

 彼らが貪欲に技術を吸収していっても、肝心の日本側には何も旨味がない。なにせ魔導は異世界においてのみ成立するものであり、いくら技術を提供されても日本では再現はできなかったのだ。それに気づいた企業は続々とヴァルハラにおける交流を縮小し『もしかしたらいつかは役に立つかも』という心持ちで許可登録だけを維持しているのが大半だ。

 大綱グループは違う。

 彼らは唯一、ヴァルハラにあって日本に無く──それでいてグループの利益になりそうなものを発見したのだ。

「ガルディウムのことは、バレたろうな」

「レイヴンはやはり、すぐに始末するべきでした」

「ああ、そうだな。あいつは優秀だったんだが……専務、スキームは維持できるんだな?」

「はい。連中は当社の敷地内で足止めを食っています。少なくとも外へ出ていないことは確認済み──その間に、当社にあるガルディウムに関する資料を破棄しています」

「古代錬金術の失敗作か……わからんものだな。役立たずでも世界が違えば使い道があるのだからな」

 重成はほくそ笑む。

 ヴァルハラとの取引を始めたのは、何も異世界に興味があったわけではない。異世界に存在すると言われる未知の金属。それこそが、彼の狙いだったのだ。



 レイヴンは経典を発動させ、手をリリアナにかざす。苦しげに唸る彼女を見下ろしながら、ふと口を開く。

「ガルディウムは、確かに金に酷似している。傍目では区別がつかん。比重もほぼ近似しているし、輝きも同じだ。素人では判別は無理だろう。だが──」

「だが?」

「致命的な違いがある。断面に『す』ができるのだ。それもかなり細かいものがな。言ってみれば割らなければバレないとも言えるが──古代の錬金ギルドの人々は、完璧に近いがゆえに致命的なこの差を埋めようとして、諦めた」

 そう言うと、彼はリリアナの頬を叩く。意識を失いかけていた彼女は、その衝撃によって覚醒し、涙を浮かべながらも睨み返す。

 肌は元通りに戻っていた。

「肌に時登りをかけた。表面だけなら構造は単純だからな。言っておくが体力は戻らんぞ。少し休め」

 リリアナは悔しさに歯噛みしながらも、大人しく横になったまま、口を開いた。

「しかし、ガルディウムは製法が失伝したと聞いているが」

「あぁ、そうだ。失われたのは事実だが──まあ種は簡単だ。製法が見つかったんだよ。その気になれば、ガルディウムの量産も可能だ」

「それが本当だとしたら、に、日本の金相場が下落したのも──」

「ガルディウムが入り込んだのだろう。まさか金を割って調べようなんて輩がいるわけがないしな」

 リリアナの身体が震える。怒りと悲しみの入り混じった表情で、彼女の拳が強く握られた。

 悔しい。弱きもの達の剣となるはずの我が身が、今や足を引っ張っているこの現実が悔しい。

 リリアナは自分の無力さを嘆く。

そんな彼女をよそに、レイヴンは続ける。

「俺は時の魔導の研究を進めるうちに、ガルディウムの製法を再発見したんだ。研究結果を大平和会入会用にまとめたのを提出したのが目に止まったのかもしれんな」

 レイヴンはそう言うと立ち上がり、蔦でできたドームの間からあたりを伺った。ドローンや警備兵と思わしき連中が彷徨いている。

「……そろそろか。晴子、リリアナが動けるようになるまでここを動くな」

「わ、わかりました」

「それと、リリアナ」

「──なんだ」

「俺は、本当に国の役に立ちたかった。結果は戦犯扱いだったが……ヴァルハラを愛していた。同じ故郷を持つ者として、お前にだけはそれを信じて欲しい」

 リリアナはなんと返したものかわからなくなり、そのまま押し黙った。もとより彼は答えを求めていなかったようで、ふっと笑みをこぼす。

「それだけだ。じゃあな」

 そういうと、彼は蔦の間から体を乗り出し外へと出る。晴子は何か言おうと言葉を探すが、リリアナがそれを遮った。直後、研究者然とした貧弱そうな男には見えないほど大きな声で叫んだ。

「俺はここだ! レイヴン・シャドウクロウはここにいる!」

 すると、辺りを徘徊していたドローン達が一斉にこちらを向いた。レイヴンは手を振り、彼らに呼びかける。

「ついてこい! 俺は全てを知っているぞ!」

 レイヴンは走り出した。

 その後を追うように、無数のドローン達が迫ってくる。遠くなっていく彼の声と追手達の怒号が、晴子とリリアナに無力感を植え付ける。

「晴子。やつは誠に、騎士に匹敵する忠義者であったぞ」

 リリアナの言葉が悲しげに感じられて、晴子は胸が締め付けられるような思いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る