思った以上に根深くてヤバい

「なんですと?  ガルディウムが日本に?」

 局長室。そこに通された二人は、ヴァルハラ国検疫検閲局長のフェルナンと対面していた。

「はは、はい。日本ではい、今金相場の暴落が起こっています。原因は間違いなくガルディウムの密輸です」

 晴子が緊張しながらも説明すると、フェルナンは渋面を浮かべる。

「証拠はあるのでしょうな?」

「フェルナン局長。この私、リリアナ・ユーディスが証人だ。彼女は私がヴァルハラにいる間、ずっと行動を共にしていた。──そして、経済特区での状況を見てきたのだ。レイヴン・シャドウクロウによって、かなり巧妙な方法で密輸は達成されている」

 リリアナの真剣な態度に、局長も少しは信じてくれたようではあったが、半信半疑であることには変わりないようだった。

「リリアナさまの言われることは分かります──が解せませんな。確かに我々は、日本との交易を取り締まる使命を負っています。しかし、それはあくまで、日本側の都合によるもの──つまるところ、日本側が我々の世界の物品を制限しているだけ、というのが実情です。それがまさか、こちら側の鉱物を日本の市場に流すとは」

「そこが問題なのだ。奴らはガルディウムの再開発に成功してしまった。しかも、それを金とそっくりそのまま入れ替えるという離れ業までやってのけたのだ。時の魔導まで使っているのだぞ」

 リリアナが声を上げると、局長の眉がピクリと動いた。晴子はその言葉を聞いてハッとする。

 時の魔導を使ってガルディウムをいくら小さくしても、密輸するための砂の中にそれが含まれている、という事実は変わらない。日本側ではともかく、ヴァルハラ国にとってガルディウムは古代から存在する金の失敗作であったはずだ。

 それを、みすみす何度も見逃すような真似をするだろうか?

「そこまでだ、松田晴子。貴様を捕縛する」

 扉を押し開けて入ってきたのは、誰あろう先程リリアナを呼び止めた騎士──ロゼッタであった。その手に握られている剣を見て、晴子の心臓は早鐘のように鳴っていた。逃げ場はない。

 そんな晴子をよそに、リリアナは落ち着き払った態度で彼へ語りかけた。

「ロゼッタ。卿らしくもない。ひとつ分かるように説明をしてもらえぬか」

 リリアナは腰に携えた剣を鞘ごと外し、ロゼッタの前に差し出した。これは抵抗の意がないことを示す騎士の習わしである。

「私と晴子は経済特区内の大綱グループで色々と見てきたし聞いてきた。おかしいとは思ったのだ。卿は晴子と初めて会うはずなのに、名前を知っていた」

 ロゼッタは黙したまま喋らない。

「それに、私が日本国の危機だと話すと、卿の表情がわずかだが変わった。実は我々は騎士団だと名乗る連中にも襲われていてな。卿までその一人だとは思わなかったが」

 ロゼッタはやはりなにも答えない。

「沈黙は肯定とみなすが、よいのか?」

 リリアナの言葉を聞きながら、晴子はロゼッタの瞳をじっと見つめた。その目は何かを決意したかのように、鋭く尖っている。

「……リリアナ殿。私はあなたを尊敬している。しかし、それ以上に我がヴァルハラのことを愛している。信じてもらえぬのならそれでも結構。しかしこれはヴァルハラのためなのです」

「愛国者を名乗るなら、己が行動に責任を持つがいい。貴様ら下郎のお陰で、我がヴァルハラは、我が王は天下の笑いものだぞ。友好国に騙し討ちの如く偽の金を渡して寄越すとな!」

 リリアナが叫ぶと、ロゼッタは一瞬だけ怯んだように見えた。しかしすぐに体勢を立て直すと、晴子に向けて手を伸ばす。

「動くな! 」

 ロゼッタの後ろには、経典の刻まれた剣を握った数名の衛兵が待ち構えていた。

「リリアナさま。あなたも拘束せざるを得ませんな」

「やってみるがいい。貴様の後ろの者は皆、元よりそのつもりだろうさ」

「お覚悟誠にあっぱれ。大人しく縛についていただきましょう」

「覚悟? どの口が言うか。覚悟とは、どのような逆境をも跳ね返す精神のことを言うのだ。貴様ら金に目のくらんだ下郎に、我が激烈なる忠義を見せてくれるわ」

 リリアナがそう言い放つと、剣を引き寄せて窓に向かって投げつけた。当然窓は粉々に割れ、彼女は晴子の手を引っ掴んで抱き寄せると、なんとそこから飛び降りた。

「リリアナさん、 こ、ここ四階ですよ!」

「そのとおりだ! しっかり掴まれ!」

 リリアナは晴子を抱きかかえると、地面めがけて勢いよく飛び込んだ。その体は風を切って落下していき、そのまま両足で石畳に着地する。蜘蛛の巣状にひび割れた地面に晴子を降ろすと、すでに転がっていた剣を掴み上げ、再び晴子の手を引いた。

「大事ないか、晴子」

「え、は、はい……」

「よし、走れるか?  この路地を抜けて、大通りに出るぞ」

 リリアナは走り出すと、追っ手を撒くために複雑な路を通り抜けていく。晴子があまりのことにどこをどう抜けたのかも分からなくなった頃、二人はとある酒場の物置部屋を見つけ、そこに落ち着くことにした。

「おお、追手は……」

「しばらく大丈夫だろう。城下町の下層、言ってみれば私のような人間とは縁遠い地区だからな。隠れるにはちょうど良い」

 リリアナは扉の隙間から外の様子を伺うと、ふうと息を吐いてその場に座り込む。晴子も隣に座って、呼吸を整えた。

「……あの、ありがとうございます。リリアナさん」

「礼など不要だ。貴公が無事でよかった。それより、まさか騎士団のみならず検疫検閲局までグルだとは」

「おお、おかしいとは思った、んでしゅ、す。日本側でガルディウムを見逃すなら、それが元々存在したヴァルハラ側が見逃すのは、変です、から」

 晴子は緊張の糸が切れて、思わず噛む。騎士団の件はともかく、検疫検閲局の一件については、完全に予想外で動揺していた。

「ででで……でもどうしましょう? これじゃあ私も、リリアナさんも捕まって……」

「心配はいらぬ。我が王が、そのような不義理をするはずがない」

「王さま、ですか」

「そうだ。貴公にも話したことがあるだろう。我が王は立派な御方だ。こうなれば我が王に直訴し、一時検疫検閲局の動きを止める外あるまい」

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