王へ直訴してもまだヤバい

 あえて王宮へ足を運んだのは正解かもしれなかった。確かにリリアナは軍事については要職についてはいるが、このような状況下でまさか逃げずに王宮へ行くとは誰も考えていなかったらしく、すんなりと中へ入ることができた。

「それで、どうやって王様に会うんですか?」

「なに、心配するな。私は謁見の間までは事前の伺いを省いて入ることができる。そこで王の耳に入れれば、きっと理解してくださるさ」

「そ、そんなにうまくいくんですか……?」

「気にしても仕方なかろう。さて、行くとしよう」

 リリアナに連れられ、晴子は巨大な扉の前に立つ。リリアナはその前で膝をつくと、頭を垂れて、静かに語り始めた。

「リリアナ・ユーディス、罷り越してございます。我が王よ」

『──よい、入れ』

 低く響く声と共に、重々しい音を立てて扉が開かれる。二人は立ち上がり、リリアナの後について広間へと入った。

 赤い絨毯が敷かれた長い廊下を歩き、玉座の前に立つ。そこには、威厳ある──影。

 実際には玉座の前には白布がかけられており、大きな玉座の影だけがそこに映っている。しかし、晴子とリリアナにははっきりと見えた。この国を統べる者──即ちヴァルハラの王の姿が。

「……ご無沙汰しております、陛下」

『久しいな、リリアナ。お前がここに来るということは、何かあったのか?』

 まるでエコーでもかけているかのように、王は威厳ある声を吐く。どこかそれに晴子は違和感を覚えるが、口には出さない。

「はい。実は日本の金相場が急落し、日本は混乱に陥っております。私はここにおりまする日本よりの客人、松田晴子殿と調べた結果、ガルディウムを密輸出し、混乱に陥らせている事がわかりました」

『そうか。それは由々しき事態だな、リリアナよ。貴様ほどの忠義の騎士が我が耳に直接入れようとするのは余程のことであろう。だが、残念ながら此度の件に関しては我は初耳だ。我が家臣は皆貴様に勝るとも劣らぬ忠義者ばかり。なぜそのような大事が我の耳に届いておらぬのか』

「はっ。そのことですが、実は」

 リリアナはこれまでの経緯を話し始める。最初は穏やかだった王の声色も、次第に険しいものへと変化していく。

 そして話が終わりに差し掛かった時、突如としてリリアナの言葉を遮った。

『──もう良い。下がれ、リリアナよ。検疫検閲局には、我が釘を刺しておく。それと松田殿』

「はは、はい!」

『ヴァルハラを預かるこの身、我が国内のことは我が身のことと同じ。いわば貴公は我が病巣を見つけてくれたということだ。礼を言うぞ』

「いえ、ととと……とんでもないです」

『……では、下がれ。リリアナ、貴様にも働いてもらう。まずは検疫検閲局で証拠を見つけるのだ。我は貴様のことを信じた。だがそれは『本当に病巣がある』ことを前提としておる。信じるとは他者を信じぬことと同義だ。──それが成立せぬようでは、立場は入れ替わる。わかるなリリアナよ』

「仰る通りでございます、我が王。それでは失礼致します。行くぞ、松田殿」

「は、はいっ」

 リリアナは踵を返し、晴子を連れて部屋を出た。彼女の背中を冷や汗が伝う。王は虚飾を、虚偽を、裏切りを許さぬ。たとえ臣下であろうとも、かの王の目を誤魔化すことなど出来はしないのだ。

 二人はそのまま城内を進み、城の出口へと向かう。すると、リリアナの足取りはそこで止まった。

「まさか我が王に直訴とは……驚きましたよ、リリアナさま」

 ロゼッタとその部下である衛兵と騎士達が二人を取り囲んでいた。しかしもはやすでに決着はついている。ヴァルハラにおいて王の決定とは神の一声に等しい。王が決めたのであれば、その決定を覆すことは誰にも出来ない。

「ああ、そうだ。私が独断で行った。しかし、こうでもしなければ貴様らは止まらんだろう。王には名前は出しておらぬ。だがいずれ、貴様らの悪事の全てが露呈するだろう。騎士たる矜持あらば、死を賜りおのが過ちを認める程度の度量を見せてみせるのだな」

「……ほざけ、リリアナ・ユーディス! 王の御心を惑わす不忠者が。こうなれば貴様らの素っ首落とし、王にご覧になっていただくわ! 覚悟せよ!」

「ふむ、やはりそうくると思ったぞ。貴様らのような愚直者は扱いやすくて助かる」

 リリアナは手で晴子を下がらせる。もはや自分が差し挟む余地のない暴力の渦の中でも、晴子の心は落ち着いていた。こんなに頼もしい背中はない。

「なればその意気やよし! リリアナ・ユーディス、騎士として背を向けたことは一度もない。故に貴様らにはひとつ警告してくれよう。……死にたい奴からかかってこい!」

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