手口が見えなくてヤバい
ミランダも交えたところで、タブレットのリストを見直す。部首に岡の字が入っていると千社を超えていたが、検疫検閲局の許可を得ている企業となると、そもそもかなり少なくなる。その中で、晴子の目に止まったのは、一つの会社だった。
「──ここ、これ! この会社!」
「大綱ロード株式会社……? 何だこの会社は」
リリアナはおかしな社名に訝しむ。大綱グループという企業の子会社の一つで、最近とくに存在感を放つ企業である。
「この会社は、すす、砂の取引をやっている会社ですね。しかもその、ご、五年前、からヴァルハラに出入りするようになって、ます」
大綱グループ。大綱工業という鉄鋼会社を中心としたコングロマリット企業である。その子会社は多岐にわたり、様々な業種に手を出している。
「た、大綱グループはヴァルハラでの交易をお、推し進めようとする企業の一つで、し、しかし、あまりうまく行ってなかったみたい、で……。し、調べたところ、五年前に突然、大綱工業の社長が変わったんです。大綱源蔵っていう男に。そこから、大綱グループの事業方針が変わって、大綱工業も業績を伸ばして……」
「なるほど。しかし、貴国にはそのような企業がいくらでもいるのだろう? 確かに襲撃者共が刃に刻んでいた印が、文字にも入っているが……」
岡の部首は珍しいものではない。他にも候補がいそうだ、と言いたげなリリアナの疑問ももっともだった。
しかし、大綱ロードは大綱グループの中でも異質なのだ。元々は道路舗装やアスファルトの製造を請け負う地元の中小企業だったのだが、突如として大綱工業と合併。大綱工業の傘下に入った。
それからというもの、大綱ロードは大綱工業の資本を得て急成長し、海外へ砂の輸出を始めた。もちろん砂といえど、ヴァルハラのものを直接海外へ持ち出すことは禁じられているため、福島県の沿岸沿いを一部買取り、砂を入れ替え、そうして出た福島県の砂を輸出している。砂は今や、福島県のみならず日本の貿易の一部を担っているのだ。
「しかし解せぬな。砂など一体何に使うのだ?」
「道路のほ、舗装とか……あとコンクリート──建築資材ですね。そうしたものにも使うんです。結構すごい売上になるんですよ。それこそ砂漠の国でも砂不足になるくらいなので、需要はあるんです。大綱ロードはそこに目をつけて、ヴァルハラの砂を国内に持ち込み始めたんですよ」
ヴァルハラから輸入できる、というのは国内企業においてはアドバンテージになりうる。少なくとも今は、限られた品目しか持ち出すことが出来ないわけだが──晴子はそれに怪しさを感じたのである。
「ミランダさん。時流れはものの時間を経過させる魔導で、ですね。ならその逆──時間を元に戻す魔導も、あるのでは?」
「バカなこといっちゃいけないよ……と言いたいところだが、理論はある」
ミランダは少し躊躇を見せながらも認めた。時間の流れは一方通行だ。それを覆すことが出来るとすれば、それは時間の巻き戻しと同じだ。それは世界の理りに対する反逆であり、ヴァルハラや異世界そのものに対する反逆行為でもある。
「あんたらの国にもあるだろ? 『やってやれないこともないが、やるなんて恐れ多い』ってものがさ。『時登り』はそういう魔導でね。あろうことかそれを人間にまでやろうなんて輩がいて、何百年も前から禁術になった」
「一体どうしてです?」
「人間の寿命は短いからね。永遠の命が欲しいと思ったんだろう。けど、そんなものは神への冒涜だってんで、結局封印されたのさ。官民問わず、どの錬金ギルドでもそうなってる」
リリアナはそれを聞いて頷いていたが、ふとはっと顔を上げてミランダに向き直った。
「ミランダ殿。昨日我々は何者かに襲撃されたのだが、私に撃退され失敗とみたのか、時流れで始末されたのを見た。確か、人間への時流れはかなり難易度が高いのではなかったか?」
時流れは本来、生物に使用することは禁止されている。対象の時間を加速させるなど、許されざる行為であるからだ。
だからこその疑問だったが、答えは予想通りであった。
「なら、犯人は相当高位の魔導師だろうね。生物への時流れは範囲設定が難しいんだ。……それに、時流れをそれほど上手く扱えるなら、逆にいやあ時登りを自在に扱えるってことだ」
「つまり、その人物が今回の事件の黒幕だとお考えですか?」
晴子の問いに、ミランダは静かに首を縦に振った。
「黒幕も何も、単に時登りまで使える人間が近くにいるってだけの話さね。あたしはそこを聞いてないんだが、この事件はどういうからくりだと考えてるんだね?」
晴子の想定はこうだ。砂の取引はトン単位で、検疫検閲局ではX線による検査を実施し、特に生物などが紛れ込まないように検査してはいるものの、その砂の構成成分までは見ない。
そこに、偽の金を時流れによって粒子上にしたものを紛れ込ませる。検疫検閲局を通過した砂は、工場で福島の砂と入れ替えられ出荷される。
埋められた砂から偽の金を取り出し、今度は粒子上になったそれを時登りで元に戻す──。
「……まあたしかにありえなくはないだろうね。しかし妙じゃないか」
ミランダは訝しげに晴子を見て言った。
「あんた、まるでもう大綱ロードが犯人だと言わんばかりじゃないか。偽の金だって実際にみたわけでもないだろ。どうしてそこまで言えるんだい」
「た、確かに私たちは直接的な証拠を持っていませんし、偽の金を目にしたわけでもありません。ただ、大綱ロードが砂の取引を行っている会社であり、その独立前後に大綱工業の経営方針が変わったことは事実です。さらに、時登りを使える魔導師が近くにいる可能性があると考えると、事件の関与が疑われます」
ミランダもリリアナも、それでようやくピンと来たようだった。大綱グループでは、現地協力者として一人の魔導師を雇用している。
レイヴン・シャドウクロウ──先の統一戦争の英雄の一人であり、戦犯でもある。
彼はその罪を償うという名目で、大綱グループの後押しもあり、彼らと設立した史上初の日本主導の現地ギルドに所属している。
「まさか、あの男がこの件に絡んでいるだと──?」
高位の魔導師にして、救いがたい戦犯──リリアナはほぞを噛み、憎しみをあらわにする他無かった。この争いは、相当以上に根深いようだ。
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