金の錬成の仕方がヤバい
錬金ギルド、といえば怪しげなように聞こえるが、その実態は日本風に言うのであれば国立科学研究所といったところだろう。
ちょうど黄金の心臓が王立の金融機関でもあるように、アカディアは魔導を含む様々な研究を実施している。
錬金術師とは、その技術体系を体系化して後世に残した者を指す。魔導は化学のように、物体を変化させる技術であり、異世界における科学的根拠の一部となっている。そうしたあらゆる知識や技術を伝承させ、後世へと伝えていくのだ。
その研究機関のひとつ、『アカディア』の扉を、晴子とリリアナは開いた。中は薄暗く、いくつもの大きな棚が並び、そこには薬品や書物、鉱物などが並べられている。まるで理科室や図書館のようだったが、それよりも遥かに広い空間だった。
「これは、すごいですね……」
思わず晴子が漏らすと、リリアナが得意げに胸を張る。
「金の生成は、古代から人類の追い求める夢だった。だから我々は先人に敬意を払い、こうした研究機関を『錬金』ギルドと呼んでいる。もちろんそれ以外にも多彩な研究をしているがな」
リリアナの説明を聞きつつ、晴子たちは奥の部屋へと向かった。そこにあったのは、巨大なガラスでできた箱──そしてその前に座るのは白衣を着た老女だった。
「お客さんなんて珍しいね」
「ミランダ殿。今日は見学に寄せてもらった。宜しく頼む」
「ふぅん、そうかね。そっちは初めましてだね? あたしゃ、この研究室の長をしてるミランダってんだ」
見た目とは裏腹に、ずいぶんと威勢のいい老婆だった。彼女は晴子の方を見て、目を細める。
「ま、松田晴子です。よろしくお願いします」
晴子もまた、手を差し出して握手を求める。ミランダはそれに応えると、顎に手を当てて思案した。
「確か、金の精錬を見たいとか……そんなもの、わざわざうちでなくとも民間のギルドで事足りるだろうに」
「リリアナさんからぜ、是非に、と聞きまして……」
「ふむ、そうかい。じゃあ早速見せてあげようかね」
ミランダはそういうと、机の上に手を差した。その上には、岩が置かれていた。岩である。どう見ても、金には見えなかった。
「こいつは、北のレグゾ鉱山から取れた金鉱石だ。裏返すとホレ、金色が覗いているだろう」
言われてみれば、確かに表面は黒っぽい色をしていたが、裏面は金色の輝きが垣間見える。
「金は、土の中に埋もれてる時点じゃ、ただの岩石なんだ。それを精錬して、初めて金になるんだよ。じゃ、ちょっとやってみせるから見てな」
「……ちょっと待ってください。土や石を取り除かないんですか? それに、あのガラスの箱は──」
「細かいこと気にすんじゃないよ」
リリアナも止めようとしないところを見ると、どうやらここでは当たり前のことらしい。ミランダは返事も待たずにガラスの箱を開けた。中に鉱石を入れて、閉じる。
「この箱は、時しらずと言う」
「時しらず?」
「ああ。時間の流れを感じさせない、という意味で名付けられたそうだ。まあそのまんまさね。さて、見てな」
ミランダは、ポケットから取り出した小さな本を取り出すと、ページを開き、中の文字に指を走らせる。すると、箱の中の鉱石に変化が現れた。
最初は、何も起こらなかった。しかし、徐々に鉱石が光を帯び始め、それが強くなると同時に、表面にヒビが入り始めた。
ピシッ、と音を立てて亀裂が入った次の瞬間、ガラガラッと音を立てながら、鉱石が砕け散った。一切誰も触れもしないのに、岩が崩れ石になり、それすら崩れ、砂になってゆく──。そして後には、一握りほどの金が残された。
「こんなもんかね。これで、純度99.99%以上の金が出来上がるわけさ」
「きゅ、99.99%以上!?」
いわゆる純金と呼ばれる物体か否かは、その純度によってのみ決められる。純度即ち、物体の組成だ。現代の技術によっても、金だけで構成された物体は存在しえず、1%以下ではあるが不純物は混じってしまう。その最高品質たる純度が、99.99%──通称『フォーナイン』だ。
ヴァルハラでは、それを魔導によって日本と同じ、いやそれ以上の純度の金を精錬しているのだ。驚異的であった。
「でで、でも一体どうやって!?」
「そう難しい話じゃないさ。この本は魔導経本と言ってね。魔導を実行するための
「と、時流れ……」
「この経本を読めば、誰でも魔導を使えるようになる。ただし、発動するには結構体力が必要だけどね」
先日、突然老いて死んでいった襲撃者達のことを思い出す。あれは、この魔導によるものなのか。
「あのガラスは無機物の時をほとんどゼロにできる。つまり、中に入れたものの時は止まるのさ。だから、中でどんな変化が起きようが、外に影響を及ぼすことはない。逆に言えば、中身の時間を早めることもできる。さっきは金以外に時流れをかけて、時間経過で塵に戻してやったのさ」
「なるほど……すごい発想ですね」
晴子は感心して呟く。これはまさに、革命的だった。ヴァルハラはそうは見えないが、極めて高度な社会、経済を築くに至っている。このような技術をもつ彼らとの交流が日本にどれほどの利益を与えるのか、想像もつかない。
そして、金。あらゆる資源の中でも最高の価値を持つ物質──ヴァルハラからそれを安定的かつ独占的に得ることができれば、日本の未来は明るいものとなるだろう。
だが一方で、懸念がある。
これほどの高純度の金であれば、日本で流通しているものとそう差異はない。とすれば、今現在日本の相場が下がっているのは、当初の予測通り、ヴァルハラの金が直接流入しているのが原因ではないのか。
その疑問をミランダにぶつけると、意外にも否定が返ってきた。
「あたしは黄金の心臓の金取引部門の顧問でもあってね。我らが王はそもそも、あんたの国と金を取引せんと仰っておったよ。あんた達事実として、黄金窟まで見に行ったんだろ? ならわかるはずだよ。金の含有量は、あんたらの世界とこっちの世界じゃそう変わらんのだろ。それでも、向こうじゃ金相場は下がっとる」
「そうです。だから、大量に……」
晴子はタブレットの資料を見せながら、ミランダに説明した。金の流入量の試算。それによる市場崩壊の危険性──彼女は静かに頷き、結論を出した。
「それが思い違いなんじゃないか? そもそも、そっちの市場が崩れるほどの金が出ていきゃあ、こっちだって大騒ぎになる。リリアナ殿、あんたこの子が言うまで、そんな事知らなかったんだろ? あたしも正直寝耳に水さね」
リリアナも首肯する。
「それにだ。そもそもあんたらの国が決めたんだろ? 金は持ち出せないし持ち込まない──そういう取り決めがあるじゃないか」
確かに、日本政府は異世界との交流に関していくつかの制限を設けていた。
まず、物品を持ち込むことは基本的に出来ない。異世界検疫検閲局という公的機関で徹底的に検査される。次に、なにかを持ち帰ることもできない。防疫の観点から試験的に日本側で現地調査済みの砂や、煮沸消毒を済ませた現地の湧き水などは取引されているが、その程度だ。金などの貴金属などもってのほかである。
「そそ、それじゃ一体……」
「少なくとも金そのものが持ち込まれてるんじゃないんなら、それ以外のものが持ち込まれてるんじゃないのかい」
「……あっ」
確かに盲点だった。日本における密輸でも、偽ブランド品のように極めて本物に似たものが、本物の信頼性を落とすという事案がある。
金は希少性が高く、最も偽造が困難な金属の一つである。だが、もし仮に、その不可能を可能にしうる技術があるとしたら。
「リリアナさん。ヴァルハラに渡航できる企業のうち、日本への物品持ち込みを認可されてる企業を当たりましょう」
こうしてはいられなかった。もしそんなものが、日本産の金と区別もされず海外に流通すれば、日本経済そのものが危機的状況に陥るかもしれない。
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