遠距離恋愛のつらさ 其の一

第13話 まずは名前から

 王都に注ぎ込む清らかなテーラ川は街をS字に流れ、上流では、人々の飲み水、下流では洗濯に使われる。


 そしてランタオ広場を抜けて貧民街に降ると、人々はそれを洗濯に使い、一番最後に便所としての施設を通り、城壁を抜けて、また平原の大河へと流れ込む。


 

 「ぷぶはっ」セインが水面から顔を出した。


 「おうい。こっちだ」先に陸に上がったチアゴが呼んだ。


 「く、くっせ。う」セインはやっとの事で足がつく浅瀬に辿り着き、陸に上がった。


 上陸した地点は王都からしばし離れており、辺りには農村もない草木が茂る場所だった。


 「うまくいったな」チアゴは満足そうだった。すでに下着以外の服は脱ぎ捨てていた。


 「これはたまりません。どこかに体を清めるところはありますか」セインも服を脱ぎ始めた。


 するとチアゴが藪の奥を指差す。セインはヨタヨタとそちらを覗き込むと……。


 「川だ。逆方向に流れている。まさか」


「こっちが王都上り線ってわけだ。さあ、思う存分水浴びしようぜ」


二人は日も明け出すような時間に、眼球の裏まで洗うほど、狂ったみたいに水浴びをした。


 来ていた服は石で川に沈め、テリーがくれた新しい服を着た。上下身体にピタピタする服だったが、犯罪者には見えなかったのでよしとした。


 「さあ、ぼちぼち明るくなってきたし、ここから離れるとするか」チアゴが眠たい目をこすりながら言う。


 「どこか安全なところまで逃げて眠らないと身体がもちませんよ」セインがあくびをした。


 2人は木がまばらに生えた平原を歩きながら、テリーがくれた防水皮袋の中を確かめ始めた。


 「干し肉、硬いパン、酒、ナイフ。暇つぶしの本。いらねえわ。これ、あの廃屋の教会にあったやつだろ。ナイフは俺の武器にする。無いよりはマシだからな」チアゴが中の本を放り投げた。


セインは引き返して古びた本を拾い上げた。


 「何だ、いるのか」


「いや、僕字が読めないんです。勉強しようと思って。教えて下さい」セインはパラパラ本を眺めた。


 「かまんけど、また魔神が使う文字は違うからな。人の文字と魔神の文字を覚えねばなるまい」チアゴはまた酒を飲み始めた。


 「たちまち糧を得なければなりませんね。旅人はどうやって稼ぐのですか?」


 「まあ、日雇いの労働から傭兵から、泥棒、略奪、強盗まであるわな。リスクが高いほど儲かるってわけだわな」


 「できたら悪い事はしたくないですね」


「魔神の嫁をもらおうというやつが言う事ではないわな」


 日が登り始めた。王都からもかなり遠ざかってきたみたいだ。


 「まあ、手っ取り早く金持ちになれる方法がなくはないが、かなりリスクが高い」


「なんですか?」セインが訊いた。


 「仕事の受注だ。ギルドで単発のヤバそうな仕事を受けるのさ。誰も受けたがらないやつを」


「何で誰も受けたがらないのですか?」


「決まってんだろ。死ぬからだ」




 すると、突然空気が軋むような音がして、その後に大気が震えるような振動が起こった。


 2人は驚いて、膝を深く落とし、身構えて辺りを見回す。草原で見えるのは草木と土、はげた岩肌のみ。しかし、何か邪悪な気配が近寄るのを感じた。


 足元だ。


 セインとチアゴは一斉に足元を見やる。


 すると、地面が割れるようにゆっくり裂け始め、そこから大地が苦しそうに嘔吐するかのように何かを吐き出し始めた。いや、何かがやっとの事で地面から出て来ているようだった。


 「なんだ」チアゴはナイフを突きつけた。


 「この感じは……」セインはあの時の雰囲気を感じていた。あの村の裏山の時の事を。


 「あああああ」裂け目から現れた何かが苦しそうに唸った。


 「こいつ、魔神か」チアゴは身構えた。


 「これは魔界?」セインは地面の裂け目を覗き込む。


 「姫の指輪の主様は……おられますか」穴から出てきたのは顔の模様のある木。極めて苦しそうな顔をした木人だった。


 「姫の指輪?」チアゴが言った。


 「座標によりますとこちらにおわすと……」木人はひそひそ喋った。


 「ああ、多分僕だ」セインはピンときた。


 「一応、見せてもらえますか。証を」木人はセインの方を向いた。


 セインは布を解いてブラックエンゲージリングを見せた。


 「ああ、確認いたしました。いえ、もうお隠し下さいまし。私も殿にバレると無限地獄に行かされますがゆえ。あなた様も危険が及びます。殿はあなた様を抹殺するおつもりです。ああ、私としたことが喋りすぎました」木人はキョロキョロ辺りを見回した。


 「抹殺??」チアゴが声を上げた。


 「なにとぞ生きながらえますよう。姫からのお手紙を仰せつかっておりまする」木人はニョキニョキ頭の枝を伸ばして、先に葉で挟んだ手紙を差し出した。「下には人間の言葉で訳がついております」


「手紙」セインは枝の手紙を受け取った。


 「恋文か……」チアゴは彼の話が本当だった事に少し驚いた。疑う気持ちが、なくはなかったから。


 「では確かにお渡ししましたぞ。あ、あと言伝なのですが、お名前をお教えして頂けますかな?」


「セイン。僕はセインです」彼は手紙を握りしめた。「教えて下さい。彼女の名前は?」


 「アナラリス・モイスチャー-ギャギャラランド様でございますーーー」木人は急いで穴に引っ込んだ。そして一瞬のうちに地面の裂け目がぴったり閉まった。


 セインはしばらくその手紙を見つめていた。何かの皮で出来たザラザラの紙。あの時以来に胸が高鳴る。



 「セイン」チアゴが険しい顔で呼んだ。


 「ん?」セインはまだ夢心地だ。


 「ギャギャラランドは魔界の最大勢力、俺がやった四魔将はそこの配下だ。モイスチャー大公は魔界一の実力者、アナラリスってのはその一人娘だよ」


 





 


 


 

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