第6話 怒りのファイヤーブレス

 「どうしてるね、彼は」ネイサンは熱いトネリコの木の葉のお茶をすすりながら、新しい弟子の事を嬉しそうに尋ねた。


 「いやはや」チョンガルも笑いながら脱帽した様子で言う。「基礎をすっ飛ばして応用や高度なものを早く身につけていきますな。あんな者は見た事がない。今も森のどこかでやっとりますよ」


 「まあ、基礎は大事だが、私自身その順番に身につけたわけではないからな。人に教えるために体系化したに過ぎない」


 「前に師父が酔っ払っておっしゃった話。彼は世界を救うかもしれないといのはどういう意味ですか?いまいちピンと来なかったのですじゃ」


 「ああ、まんざら大きな話でもないかもしれん。彼の才能はさておき、彼の置かれている状況だよ。彼のはめている指輪、私の予想では魔界のかなりの実力者でないと手に入らないと思う。つまり?」ネイサンはチョンガルに問いかけた。


 「彼が万が一上級の魔神の娘を娶るような事があれば、彼は魔界において人間ながらにしての実力者になるという事ですか?」


「そうとんとん拍子にはいかないと思う。彼にはあまりにクリアしなければならない壁が多過ぎる。しかし、これは何か、人間と龍神、魔神族の争いに一石を投じるのではなかろうかと期待している」


「何かが起きる気がすると?」


「ああ。大袈裟かな?はっはー」ネイサンは茶を啜った。


 チョンガルはしばらく考えた。どれ位の魔神かにもよるだろう。どちらにせよ、彼には目的を達成するために魔神と対等に渡り合える力が必要なのだ。それが師父の考える暴力以外の解決方法になるかもしれない。


 「ん?」


 「どうしました?師父?」チョンガルは急に固まったネイサンに訊いた。


 「何かが近づいて来ている」



空を覆い尽くすほどの蜂たち。それも一匹一匹が人より少し大きいくらいの蜂。魔界からやって来た、知能が高い魔蜂エビルビーがネイサンたちがいる森の上空を侵攻していた。ぶんぶんというけたたましい羽音は大気を威嚇し、空飛ぶ鳥がその規則正しい戦隊に接触しようものなら、刀剣程はあろうかという針で貫かれるか、鋭い手足の鉤爪や顎で引き裂かれるだろう。その嫌味な黄色と黒の体は艶やかで、顔つきはというと底知れぬ嫌味な人相をしていた。


 

 「あの大群は……」チョンガルは小屋から少しずつ顔を出して覗いて言った。


 「蜂だ。魔界の先鋒兵だよ」ネイサンも覗いた。


 「地上に対する単発的な攻撃じゃなくて、本格的じゃないですか」


「ああ、あれは軍隊だ。まさに侵攻して来ている。龍神族と真っ向からやり合う事もいとわないみたいだな」ネイサンは冷静だった。


 「それは最近は避けてきたのでは?」チョンガルはまゆをひそめた。


 「見ろ。あの少しデカくて色が違うのが司令官だろう。何かを探しているみたいだな」


 「今までとは違う雰囲気だ……。100体はいますぞ。まさか……」


「こんな森に攻め落とす城も、龍神族の住処もない。そのまさかはあながちってとこだな」ネイサンはくちばしをさすりながら思案していた。


 「ブラックエンゲージリングの座標を調べて来たのか……?しかし人間ひとりにあれほどの兵を割くとは」


「セインを抹殺しに来てもおかしくはないだろうな。人間から見ても魔神から見ても奇異で受け入れ難い話だろうから」


 「あ、龍神が来ましたぞ!」チョンガルが叫んだ。


 とんでもないスピードで飛来して来た龍神が、エビルビーの隊列の手前で急ブレーキをかけ、ブレスを吹きかけた。巨大な火炎が何匹かの蜂を焼き尽くし、黒くなった大きな消し炭が森に落ちた。


 「ラッキーだった。龍神が見つけるのが早かった。私も手助けをしてこよう。お前はセインを見つけて逃がせ。くれぐれも一緒に逃げるな。彼とて他の弟子と同じ扱いだ。(カラを残す為に行動せよ)」


 「このタイミングでですか!お別れですか。師父、お元気で!縁あればまた会いましょうぞ」チョンガルは寂しそうに言った。


 「ぼやぼやするな。蜂どもが散り散りに森に入ったぞ」ネイサンは勢いよく小屋のドアを開けると、龍神族がいる上空へ飛び立った。



 「ちっ。見つかるのが早かった」エビルビーの隊長が悔しがって言った。脇には数匹の蜂が残っていたが、他はなりふり構わず森に入って行った。


 「おのら、良い度胸をしておるな。これしきの隊列で我らの地上に、ここまで目立つ侵攻をしてくるとは。捨て身の作戦か?」龍神は蜂の大将に言った。彼もやはり巨大で神々しい立派な龍だった。2本のツノに巨大なアゴ、少し小さい手に立派な腰から生える長い尻尾。鋼鉄みたいに硬い鱗の合間から伸びた巨大な翼はどんなに遠くから見ても視認できるだろうと思われた。


 「穏やかじゃないな」ネイサンは翼をはためかせながら、龍神の側で静止した。


 「おお。うぬは。会った事があろう。我らの間でも話が出るぞ。名手鳥人ネイサンだな」龍神はネイサンをあらためて感激しているようだった。


 「助太刀いたしますぞ」


「それは心強い」


 「くそ。見つける前に……」蜂隊長は悔しがる。


「なにをだ?」ネイサンが訊いた。


 「黒い婿殿だよ。貴様らには関係ない!」隊長が叫んだ。


 ネイサンはやはりかと思ったが、そこで

反応はしなかった。この話を龍神族に知られるのはまだ時期早々か。せめて彼が力をつけるまで……。


龍神はまた口から火を吹いた。隊長と何匹かは散り散りに避けて焼け死ぬのを免れた。


 「かかってこい」龍神は鼻から煙を吐きながら言う。「早くしろ。貴様の部下どもを駆逐してやらねばならん。森が汚れる」


 「貴様らが肩を持つ人間の方がよほど地上を汚していると思わんか」隊長蜂は身体を震わせて不気味に笑った。


 すると龍神が高らかに笑い出した。「なるほど、しかし貴様らの見当違いだ。我らは人間の味方なのではない。地上の守護者なのだ」

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