宵闇バイト

第15話 裏ギルド レディ・リー

 セインはチアゴの道案内で、王都から1日歩いたところにある商業都市イベルカにやって来た。


 ここイベルカは自分で軍隊を持たないにも関わらず自治権が認められており、街の運営を商工会議所が執り行う。だが、有事には王国軍が介入する取り決めになっていて、背景にはこの街から捻出される巨額の税収が国家予算の25%にも及ぶ事による。


 つまりオーランド国からしてもイベルカは重要な拠点であり、厳しい決まりで組織立った超巨大ギルドは、国の物資の流通においても心臓の役目を担う。


 この街が機能不全になれば国中が物不足で困り、物価に影響するだろうし、この街が国王に仇名せば、その気になれば芳醇な財力で強固な傭兵を雇えるだろう。


 

 ごった返す街。お客さんより商人の方が多いのではないかと思われる程で、物で通りが埋め尽くされていた。反物、壺、不思議な形の刀剣、異国の仮面、石像、肉の塩漬け、大きな穀物の袋など。


 活気と生命力が往路を無尽蔵に行き来し、たくさんの声で埋め尽くされていた。


 セインは慣れない人混みをかき分けながら、屋台に座ってそばを食べる一家を見つけた。


 「はぐれるなよ」チアゴが言った。


 「お腹減りました」


「さっきはね虫食べただろ」


「はあ……」


チアゴはキョロキョロしながら街を歩いて行き、大通りから路地に入った。そこでもまばらだが露天があり、高いシャバ代を払えない老人が木の民芸品などを売っていた。


 曲がって、曲がって、また曲がる。段々人もいなくなり、生ゴミの樽や建物に渡されて干された洗濯物くらいしかなくなってきた。


 しばらくして、チアゴはキョロキョロ辺りを見回し、そこにあった何の変哲もない扉に入った。


 中は石と木で作られた住宅みたいな部屋だった。狭くて独特のお香の匂いがした。


 狭い玄関を抜けると簡素なカウンターがあり、その上には何処かの民族の木彫り人形がある。そこに座っているのは縮れた白髪の歯のない老婆で、腰が曲がっているから顔とテーブルがやけに近い。こちらを見る時は上目遣いに見るのだった。


 「久しぶりだな。リー婆さん」チアゴが声を掛けた。


 「はてどなただったかしら」リー婆さんはフガフガ喋る。


 「高齢だから俺を忘れる事は"さもありなん"だな」


 

「生きてたのかい。チアゴ」リー婆さんがいきなりハキハキ喋り出したので、セインは驚いた。


 「なあに」それを見てチアゴが言う。「ここでは目に見えるものは信用されないのさ。合言葉を言わないとな」


「そうじゃないよ。その両方がいるのさ。私ゃ人の顔を忘れたことはないね。あんたそこの坊主をこんな所に連れてきて。汚い道に引きずり込むんじゃないよ」リー婆さんはチアゴを叱責した。


 「違うよ。彼にもやむ得ない事情があるのさ。現金がいる。仕事をくれ」


「最近はに回って来る仕事も減っていてね。人間同士で争ってる場合じゃないのか。正規のギルドでも仕事の取り合いらしいよ」リー婆さんはため息をついた。


 「ないの?」


「あるにはあるけど、危なくて誰もやりたがらないやね」リーは一枚の紙を机の下から出した。それをチアゴに手渡し、しげしげとセインを見た。


 チアゴはしばらく紙を見た。セインには読めない。


 「これしかないの?」


「あと二枚あるけど、似たり寄ったりだね」また紙を出した。


 「うーん。キーラ伯暗殺、マギト神殿探索、王立図書館禁書強奪。依頼主は誰だよって感じだ」チアゴは手のひらでツルツルの頭を撫でた。


 「なんか、犯罪スレスレだね」


「裏ギルドってのはこういうものだ。強いて言えばマギト神殿探索かなあ。トレジャーハンティング系かな?」チアゴは紙に記載された詳細を読み始めた。


 「それは支度金ありの仕事だね」


「支度金?」セインが訊いた。


 「前金の事さ」


「何人も失敗してるからその度に報酬が上がってて、今なら成功報酬10万プニじゃ」


「10万プニもか!かなり胡散臭い仕事だぞ。今まで何人死んでる?」


「死んだかは分からんが、行方不明者は100人以上になるかね」リー婆さんはあっさり言った。


 「ひ、100人!」セインは驚いた。


 「その報酬なら妥当だろうなあ。なんかある神殿だろうが、セイン、受けるか?」


「それが大金なのかは分かりませんが、行ってみましょう」


「ようし。依頼主に連絡するよ。分かっていると思うけど前金を持って逃げたら、賞金首になって表ギルドに張り出されるからね」リー婆さんは机の下をまた探り始めた。


 「まあ、国でお尋ね者にはなっているとは思うがな」チアゴはニヤニヤ笑った。


 「私は信用で食ってるんだよ。私の顔を潰すんじゃないよ。逃げたり、死んだりせずに帰っといで」婆さんは大きな麻袋を机に乗せた。じゃらじゃらと金貨の音がする。


 「俺がそんな不義理な事するかよ」チアゴは支度金を持ち上げた。


 「しないね。知ってるよ。くれぐれも気をつけてね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る