第14話 地獄からのラブレター

 愛する貴方様へ


 生まれて初めて殿方にお便り致します。


 あの時はお礼を言えなくてごめんなさい。


 言い訳がましいけど、龍神と死闘を繰り広げた後で深い傷を負ってました。やはり初めてで、三匹同時には相手するものではないと分かりました。


 もうこのお手紙を読まれる頃にはお互いのお名前を知り合っていると願いたいです。


 私はアナラリス。魔界の王女です。私の父はモイスチャー太公。魔神一千万の王です。なんでこんな身分に生まれてきたのかとつくづく嫌になります。


 今ここはギャギャラランド城56階の私の部屋です。厳重も厳重で、アリ一匹出入りが出来ないようになっています。


 今すぐにでも城を出て貴方に会いに行きたいですが、とても出来そうにありません。


 貴方に指輪を渡した事、迷惑じゃなかった?いえ、今はお返事を聞くのがとても怖いです。


 だって貴方は人間で、私は魔神。冷静になればおかしな話だもの。いつも貴方が私と同じ気持ちでいてくれたらって祈っています。でもとても怖い。貴方の気持ちを知れたらどんなに心が落ち着くか。諦めるなら諦めた方がまだマシ。どっちつかずで苦しくて苦しくて。


 ずっとそればかり考えています。


 一緒に荒れ果てた、何もない荒野の小さな家で暮らし、4人の子供を育てるの。私、一人っ子だから子供はたくさん欲しいの。みんな、どちらに似るのかしら。貴方は狩りや畑仕事、私も少し手伝って、裁縫や皮なめし、料理も勉強します。


 今は着替えや、背中をかくのでさえ誰かがしてくれるけど、将来はきっと自分一人でやっていけるはずだわ。


 私ったら自分の頭の中のことばかり。他の人にこんな事さらけ出すのは吐血する程恥ずかしいけど、貴方なら平気です。


 誰にもこの手紙を見せないで下さいね。


 貴方に嫌われたら、貴方を八つ裂きにして、私も八つ裂きにしてもらって、一つの穴に一つになって埋めてもらいたいくらい。


 嘘です。魔界には愛した雄を食べる種族がいるけど、私は違います。


 あと、私の父はこの事を知っています。あのばかがバラしました。貴方をつけ狙うものがやって来るかも知れませんが、何とか生きて欲しいです。


 私もできる限り何とかします。いえ、絶対してみせます!


 愛しています。また、会いたい。



         アナラリス・モイスチャー




 「……と書いてある」チアゴは頭がクラクラした。


 セインは黙っていた。チアゴは恐る恐る彼の顔を見た。顔が赤らんでいて、ほんの少しニヤニヤしている。


 「……これがいいのか?」チアゴには恐ろしい脅迫状に感じる。「この赤いインクは血じゃないと思うが」


 「気持ちを伝えたい」セインの心臓はすごい速さで高鳴っていた。


 「どうやって?」


 「分かりません。どうしたらいいのか」


「苦しい?」


「苦しいです。胸が締めつけられるようです」


だめだ。こいつは……だめだ……。


 「初恋?」


「初めてですね」


 「親父問題はどうする?高ーい壁だぞ」チアゴは足の蚊を叩いた。この藪は虫が多い。


 「説得します」


「人間と龍神と戦争して、この地上を乗っ取ろうとしている魔神の王を?」


「僕が和平させます」


なんだろう。こいつのマジなキマった目は、妙に説得力を帯びていて、なんか怖い。



 「ん。まあ、とりあえずは明日の飯だな。こんなボロ着てナイフしかないんじゃ話にならねえ。やれる事やろうや!」チアゴはセインの背中を叩いた。


 「チアゴ。ありがとう」


「え?」セインがいきなりはにかんだので、チアゴは驚いた。


 「いつでも行ってくれてかまいません。きっと危険な旅になりますし」


チアゴは意外に感じた。セインは実に冷静だったのだ。


 「きっとぼくをつけ狙う魔神もやって来るでしょう。人間の間でもお尋ね者ですし」


それは勘弁だな。


 「ばかやろ。俺も当てがないおっさんさ。残りの人生生きて死ぬだけのな。一度は隠遁したが、もう一回、やれるだけやってみようじゃないか」


 「ありがとう」


 昔、魔神の将軍と喧嘩した時は、自分の名声や欲望の為に戦っていた。そんな戦いの毎日に疲れて、世間から身を隠して暮らし始めた。(だからツルツル)。でも老いて今、冷静になって、自分の残りの人生を考える。やっぱり退屈だったんだなって、波瀾万丈な彼を見ていて思う。

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