第16話 マギト神殿
セインとチアゴはマギト神殿に向かう前に、腹ごしらえをして、装備を整えた。
セインは生まれて初めて肉を腹いっぱい食べたので、それだけで幸せな気分になった。街の食堂で、豚肉の胡椒焼き、マイカラ芋のマッシュ、ウシ山羊のチーズ、薄い葡萄酒を飲んだ。チアゴはそれに酒を追加して、携帯容器に入るだけ葡萄酒を入れてもらった。
2人の身なりは一緒で、硬い革の胸当てに膝上まであるロングブーツ、その下に厚手の服を着込んだ。一番高かったのはチアゴの刀剣で、彼曰く「まあまあだがこれで我慢するしかない」合金の鋼の両刃剣だった。本当は小手やヘッドギア、グローブなども欲しかったが、あとは報酬が入るまでの生活費を残した。
マギト神殿は巨大商都市イベルカの北に位置していて、20キロほどの山岳地帯の崖の上にあった。かつてはその地域に根付いた土着の信仰の神殿であったとされているが、詳しい事は分かっていない。
神殿には何か価値を持つ遺物が眠っているが、入って出てきた者はいない、とされる。
二人は一頭立ての安い馬車も買った。栗毛の若いメス馬に、セインがアナラリスという名前を付けようとしたが、チアゴが止めた。結局、チアゴの案でビアンカと名付けた(実は彼の元カノの名前)。
やけに安い馬車だと思ったが、理由はすぐ知れた。彼女は歩くのが遅い。生まれつき気性が穏やか過ぎて走るという概念が無いみたいだった。少しは駆け足にはなるがまた歩き出す。しかしやけに愛嬌があったので、仕方なく2人は我慢する事にした。
森林の道が途切れた丘にそびえるマギト神殿は荘厳な石造で、どうやって組み上げたか分からない巨石に、太い柱がまた巨石の天蓋を支える造りだ。石にはヒビが入ってはいるが、組まれた石は見事に隙間がなく、入り口に通じるステップもどっしりしている。
入り口の両脇には何やらよく分からない甲冑を着た騎士の像。その甲冑、腹や腕、腿が露出しており、身体を守る合理性があるのかと思わせる造りだ。
チアゴはビアンカを、日陰がある木に、ゆったりめにくくりつけた。彼女は眠そうにあくびをすると、彼女からしたら運動した方なのか、うとうと眠りだした。
チアゴは草むらで無防備に寝転ぶビアンカに呆気に取られていたが、セインはすでに神殿のステップに足を掛けていた。
「かなり古いものですね」セインは摩耗した石壁を眺めて触った。
「あまり無防備に飛び込むなよ。何らかの罠があってはならないからな」チアゴは酒をあおりながら、千鳥足で神殿に上がった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、今いい感じだ。ここからお前の体温を感じる程にビンビンきてるぜ」
セインには本当か冗談か分からない。ただ、彼の側に寄ると何とも言えない威圧感がある。彼が剣聖と謳われたのを知るからかは分からない。ただ彼の間合いには何かがあると思う。
二人はゆっくりと神殿に入る。丸い入り口に扉はなかった。中は薄暗く外からよく見えない。
石畳の大広間。装飾品等はない。聖堂みたいだったが、長い年月で朽ちたのか、もともとなかったのか、椅子や机もない。だだっ広い部屋の奥に小さな窓に照らされて、微かに燭台が見えた。そのような形をした石の台というだけで、それ以外は何もないのだ。
二人は少し緊張をほぐし、廃墟然とした広い部屋を進み出した。
「なんか神を祀るような建物に感じられないな」チアゴが上を見上げた。
「この神殿に入って出てこないって、なんなんでしょう……」
「どうした?」チアゴが、石の台の側に行ったセインに訊いた。
「チアゴ、階段があります」
「ひっく。ただでは終わらんわな」チアゴはそちらに歩いて行く。
二人が並べる程の大きな階段で、外から察するに地面を掘られて造られているようだった。セインは急いで馬車からランタンを取って来た。熟睡しているビアンカは起きもしない。
チアゴが斜め前を歩き、セインが後ろからランタンを照らした。チアゴは少し揺れながら歩いたが、刀剣の柄に指は触れていた。少しばかりの食料はセインが持つ。チアゴは"間"レーダーで何かを探知して、セインがカラでバックアップする形だ。
階段を降りる。セインのランタンが少し揺れる。
「初めての実践か?」チアゴは振り向かずに訊いた。
「森で蜂の化け物と戦いましたけど、あれは一方的になりふり構わず攻撃したので……」
「いいか。だんじょんぱーてぃばとるっていうのは、また外でどんぱちするのとはちょっと違う。狭い空間でどう助け合うか。それが分からん、個人プレイや自分勝手なテンパリは全滅を招く。お前は絶対俺の間合いに入るな。俺が剣を抜けなくなるから。大体分かるだろ?まが?」
「背後もですよね?」
「そう。間は俺を中心に360度展開する。空気、温度、匂い、音、視覚、五官全てを使う。人の五感を最大限に肥大化させる。魔導士は第六感を最大限に鍛錬する。お前の場合は……よく分からん」
「僕もよく分かりません。空道が何なのか……」
がさ。ごそがさ。
二人は階段を降りる足を止めた。微かに階段の切れ目が見えた時だ。石を、鋭利な何かで擦るような音が聞こえた。
しかも、かなり早い動きをする、大きな何かが石の壁や床を移動しているかのような印象だった。なんとなくそう感じた。
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