第17話 正体不明の何か
静まり返っていた。
恐らく階段を降りた所が折れていて、そこに何かがいるのだろう。セインは前衛のチアゴの合図を待った。
チアゴはゆっくりと一段降りた。また一段。三段目を降りた時、またがさがさと音がした。やはりそれは人かそれ以上の大きさのように感じた。床や壁、空気を伝う振動が、それを物語っていた。
あと二段、というところで、壁から現れたのは何か鉤爪みたいなものだった。それは3本が壁に真横に引っかかっていて、やがてもう一対現れた。その真ん中から覗いたのは、周りに毛が生えた、たくさんの目。赤い目、のようなものがこちらを見ていて、それが淡いランタンの光に反射していた。
セインははっと空気を飲んだ。視界に入るチアゴは微動だにせず、まるで一時停止したかのように止まっていた。
きゅるるる。
それは口のような丸い穴を見せて鳴いた。やはりあの無数の赤いものは目だった。鉤爪は脚だ。もう一本現れて、地面に体を支えるようについた。
一瞬と思える長い沈黙の後、そいつは口から白い何かを吐き出した。チアゴが俊敏な動きで避けたのが見えたが、次の瞬間セインはまともに顔や腕に白い物体を浴びた。
最初、液体か何かかと思ったが、それは細い繊維質の、まるで獣の抜け毛の塊のようなものだった。
セインは必死にそれを取り払うが、顔や手にこびりついてうまくいかない。危うく揺らしてランタンの火を消してしまうところだった。
チアゴは階段を一歩で飛び降り、その化け物を自分の間合いに無理やり引き込んだ。
そして、利き手の左手で剣を抜くが否や、曲がり角の壁に間一文字に一閃。角の壁に叩きつけた剣は、顔には当たらなかったが、化け物の鉤爪の先を一本切り落とした。
ぎゃお。
化け物が甲高い声で叫んだ。そして足や顔を壁の向こうに俊敏に引っ込めた。
セインの顔にはまだ白いものがこびりついていたが、何とか身動きがとれるようになった。
「ちっ。厄介だな。動けん」チアゴは仕留め損ねた事を悔やんだ。曲がり角に居られては向こうが有利だから。
「あれは何ですか」セインも階段を降りた。
「あれは蜘蛛だ。ギガントスパイダーの種類だ。あの糸で人ぐらいならグルグル巻いて、溶かして食うだろう」
「逃げられました。どうします?飛び込みますか?」
「曲がり込めばやつのおもうつぼだな」チアゴは剣を構えて、曲がり角を見据えて微動だにしない。
「驚かせてみましょうか?」
「どうやる?」
「空気を角の向こうに投げ込んでみます」
「……やってみろ」
セインはチアゴの背後から、手を器のように丸めて、空気を集めるように手を振り、空気を丸めて投げた。
チアゴには見えない空気の風船が、曲がり角の向こうに投げ込まれ、何かに当たって周りの空気の膜が破れた。
ぱんっ。
鈍い破裂音が石の地下通路を揺らした。
ぎがあああああ。
蜘蛛は……現れない!
チアゴはすかさず角に踏み込み、刀剣を振り上げて曲がっていった。
いいいいい。声にならない声が聞こえ、セインも急いで角を曲がった。
あまりにも大きな蜘蛛。セインは剣を持ったチアゴ越しに、胸から腹にかけて切り裂かれた、人より大きい蜘蛛が絶命しているのが見えた。その身体は石の床ではなく、通路一面に張り巡らされた蜘蛛自身の巣に寄りかかっていて、セインを戦慄させるのはその巣だった。
その巣に捕まった獲物たちはすでに白骨化していて、地面に散らばる遺品が、彼らがこの神殿にやって来た冒険者である事を物語っていた。
「こんなに犠牲者が……」
「まあ、こいつらも仕事で来たんだから仕方ないとは思うがな。しかし、解せんな」チアゴは散らばった武器や防具を見回しながら言う。
「どうしました?」
「こんなギガントスパイダー如きにこれ程の戦士がやられるとは。それ程の相手ではないように感じるが。魔導士一人いれば勝てるとは思う」
「異常な数であるようには感じます」
「うむ。この神殿には何かあるな。何か違和感を感じる。お前は感じないか?」チアゴは刀剣を鞘に納めた。
「うーん。よく分かりません。どういう?」
「俺も分からない。こうして久しぶりに戦っているからか、まだ本調子じゃないのかもな。嫌な感じだ。それにこれを見るに推察できる事がありそうだな」
「これ?犠牲者達ですか?」
「こいつらはきっとギガントスパイダーにやられたんじゃない。こいつは後から入って来て食い散らかしたんだ。もっと強いやつが奥にいる。そう思うのが自然だな」
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