第18話 神殿の罠

 ギガントスパイダーの巣は通路を塞いでいた。その巣の繊維はくっつく細いゴムのよう。刀剣に付くと取り除くのが大変そうだったので、辺りに落ちていた剣や槍を拝借し、通れるように作業していった。


 巣は硬かった。かなり力仕事でセインの空気でも破れない。こういう物は彼の空道と相性が悪いと教えられた。


 「つまり、お前の戦闘法は体技に属するから、柔らかい物質の敵や技に負ける。殴れないものを攻撃できないのだ。軟体生物なんかは相性が最悪だろうな」2人は必死で巣を取っていく。それだけで疲れてきた。


 チアゴは剣を投げ出して座りこんでしまった。


 「ああ、疲れた」


 「飲み過ぎですよ」セインは最後の仕上げに取り掛かる。


 「俺は飲めば飲むほど調子が良くなるんだ」チアゴはまた酒をあおる。


 「もう取れますよ。さあ行きましょう」



 大きな蜘蛛の巣と骸の向こうはまた長い通路だった。2人は最小の隊列を組んで進んだ。


 セインは微かに、チアゴの足取りが遅い事に気づいた。ほんのわずか、肩が上下している。疲れているのか?しかし、彼は言葉はかけなかった。



 しばらく歩くと、曲がり角。しかしチアゴは右手を肘から挙げて拳を丸めた。チアゴは手前で立ち止まり、セインも従った。


 がさがさ。ずさずさ。


 何かが引きずるような、低い音。聞いたことがある音の、大きなものだがセインには思い出せなかった。


 チアゴの背中は何も語らない。微動だにせず集中していた。まだ音はしていた。意思を持つ何かが動いているみたいだった。


 1、2、3。と指でジェスチャーし、2人で一気に曲がるぞ、と身振りで合図した。


 また指を折り始め、セインは息を呑んだ。


 1、2、3。チアゴが踏み込み、セインも続いた。


 

 今度は草。大きな草がひとりでに動いていて、いくつかの大きな葉を手足みたいに動かしていた。顔らしい物はなく、胴体みたいに太い茎に5、6枚の葉っぱと蔓。それはひび割れた石の床から生えていて、通路を覆うほど巨大だった。それがばさばさするすると蠢いていて、こちらをあらためるとピタリと動くのをやめた。


 「草が……動いてる!」


 「マンイーターだ。茎を狙うから、あの葉っぱや蔓を何とかしろ」チアゴは剣を抜いた。


 「えっ」セインは少し戸惑った。後ろからの援護といっても、チアゴが通路を真っ直ぐ走るので彼に当たってしまう。どうしよう。


 チアゴは剣を両手に下に構えて、マンイーターに向かって走っていた。セインはとっさにアイデアが思いついた、が。


 上手くいくかな。失敗すればチアゴが真っ二つになってしまう。


 セインは楕円形の、平たい真空波を二つ、両手で作り、通路の両壁に這わすように投げつけた。


 チアゴの両脇の壁にバウンドした見えない円盤は、弧の字を描いて彼を追い越して、マンイーターに向かって飛んで行く。


 切れるというより、裂けて破裂するように、マンイーターの腕みたいな葉に命中し、それはバタバタと蔓をよじって痛がっているみたいだった。


 次の瞬間、チアゴは力一杯の両手持ちで、真一文字に一閃、マンイーターの胴体を切り付けた。しかし、思ったより硬かったのか、真っ二つとはいかなかった。


 怪物の蔓がしなり、チアゴに襲いかかる。鞭のように叩きつけられた蔓を、チアゴは超反応で剣で受けた。


 セインは前に乗り出し、また真空の刃を投げつけた。今度はそれが茎に命中し、そこからマンイーターが枝垂れ倒れかかる。


 すかさずそこをチアゴが切り付け、すぐさまのけぞった。


 マンイーターはしばらくして、ピタリと動かなくなった。


 

 「なかなか強敵ですね」セインが汗を拭いながら言った。


 「……」


「チアゴ?」


「やはりおかしい。腕力が下がっている。それにスピードも。何がおかしい」


 「おかしい?」


「お前は何か異変を感じないか?」チアゴの深刻な目つきに、セインは少したじろいだ。


 「僕は何も感じません」少し蒸し暑いくらいか。


 「まるで……はっ。まさか……」チアゴは辺りを見回しながら、何かを探すようだった。


 「何ですか?」


 「レベル吸収パワードレインかもしれない……」


 「え?」


 「俺は魔導士ではないから体感した事からしか分からないが、この神殿には結界がかかっているのかも知れない。入った者のレベルを徐々に奪う魔法が」


 「レベル?」


「まあ、強さの共通認識だ」


「強さですか?強さを奪う魔法?」


 「そうだ。それが下がれば積み上げたステータスが下がる」


「ステータス?」


「身体能力を数値化したものだ」


「はあ。僕は平気です」


 「……」チアゴはアゴに手を当てて考えていた。「セイン、お前は筋トレとかした事ないのか?」


「修行中はしてましたよ。でも全く力もつかなくて、やめて空道の練習しかしなくなりました」


( まさかな……。いや、まさか。それより俺の方が深刻だ )


「このままこの先を進んで、レベル吸収パワードレインが進行したら厄介だな。他の奴らの二の舞だぜ」


 「どうします?」セインは心配そうに訊いた。


 「しかし、進むしかない。このレベル吸収パワードレインの源を突き止めて破壊しないと、引き返しても俺はこのままだからな。だが、それを破壊しても、俺に力が戻ってくるかどうかは分からない」


 

 




 


 



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